映画 『樹の海』

監督:瀧本智行、脚本:青島武、瀧本智行、撮影:柴主高秀、編集:高橋信之、音楽:吉川忠英、2005年、119分。原題:樹の海(きのうみ、JYUKAI)


四つの話からなるオムニバス映画。

たいしたことはないかな、と思っていたが、意外にいい映画であった。映画というのは、タイトルや宣伝、他人のレビューだけで判断せず、自分で観てみなければわからない、という信念は、やはり正しかった、とニンマリした作品だ。


四つの話からなっており、第2話は、第3話・第4話に挿入されるかたちで、ラストにも表れる。

それぞれの主役は、第1話:池内博之、第2話:萩原聖人、第3話:塩見三省、津田寛治、第4話:井川遥。第1話の導入部の樹海の脇を走るバスに、塩見三省、井川遥も映っている。第3話の三枝(塩見三省)がバスから降りて歩き始めると、その脇を猛スピードで走り抜けた車を運転するのが、第1話のタツヤ(池内博之)だ。


第1話:

闇金屋のタツヤは、借金の利子も返さず、行方不明となった女・北村今日子(小嶺麗奈)を追い、樹海入口までやてくる。北村から久しぶりに折り返しの電話があり、樹海に入ったところで足をくじいたので、助けに来てほしい、と言ったからだ。・・・・・・ 

第2話:

朝倉(萩原聖人)は、ある巨額の詐欺事件に巻き込まれ、仲間から暴行され、半殺しにされていたが、ふと目が覚めると、樹海のほら穴に捨てられていたことに気が付く。殺されてはいなかった。付近を通る若者の言葉から、ここが樹海の中だとわかる。

出口に向かって歩き出すと、中年男(田村泰二郎)が、まさに首を吊ろうとしていた。恐ろしくなり、一度は遠ざかったが、あとで戻ってみると、男は本当に首つり自殺を遂げていた。男のポケットを探ると、男は、田中哲治という名前であった。・・・・・・ 

第3話:

会社の課長・山田(津田寛治)は、三枝(塩見三省)から、新橋駅前に呼び出される。名刺交換すると、三枝が、探偵事務所の人間だと知る。

居酒屋に場所を移し、三枝が山田を呼び出した理由を話す。最近、樹海で自殺した横山真佐子(小山田サユリ)の両親から、娘の生きてきた過去を知りたい、との依頼があったという。横山の自殺現場には、楽しそうな顔をして写る写真や手紙類などがあったので、何が楽しい思い出であったのか、両親は知りたいとのこと。

その写真の一枚に、山田とのツーショットの写真もあった。・・・・・・

第4話:

手島(井川遥)は、私鉄の駅の売店に勤めている。ホームから階段で上がり、改札へと抜ける場所にあるので、自然と、乗降客の姿を目にする。

今は無口で、あまり人の集まる場所には出向かないが、手島には、ある男性に対するストーカー行為を繰り返していた過去があった。・・・・・・


『はやぶさ 遥かなる帰還』(2012年)の瀧本智行、39歳の監督デビュー作。2004年東京国際映画祭・日本映画・ある視点部門で、作品賞・特別賞を受賞している。


四つの話に共通するのは、ストーリーそれぞれが、樹海での自殺やその動機などに迫るだけでなく、その前後の関係者の心理を、巧妙な台詞と演出によって描写している点だ。


第1話は、ほとんど、タツヤの一人芝居と言っていい。樹海入口から北村が倒れている場所に至るまで、タツヤは、北村の部屋に取り立てに行ったことや、そこから派生する自身の幼少期のことを独白する。

第2話では、朝倉が、ぶら下がっている田中の遺体のそばで、焚火をしながら、いろいろと遺体に話しかけ、いよいよ出口に向かおうとして、実は田中がやはり生きていたかったのだ、と悟り、遺書にあったように、遺族が生命保険を受け取れるためにも、自分が田中の遺体のある場所を、届けなければならないと思う。

第3話では、結果的に横山の自殺の動機ははっきりしないものの、そこから山田と三枝それぞれの家族の話に及び、サラリーマン人生の悲喜こもごもについても話され、意気投合し、さらにいっしょにカラオケに向かうことになる。

第4話で、手島は、自分の売店から、とある事情で、あるサラリーマン(大杉漣)が買っていったものと同じネクタイを買い求め、樹海に向かい、枝に結ぶが、失敗して落ちてしまう。


第1話は、途中やや退屈するが、それ以外のエピソードは、コンパクトに過不足なくまとめられ、痒いところにも手の届く台詞が多く、共感できる。特に、第3話の三枝と山田のやりとりは絶妙で、店じまいで会計をしにきた店員(中村麻美)に対する三枝の物言いはすばらしい。この店員は、注文した酒の肴を卓に置くときも、初めから投げやりで不愛想なのであった。


妙に肩肘張らず、大上段に構えることもなく、人間心理を、あくまで日常生活の延長線上にとらえつづける脚本がみごとだ。配役らの台詞の多くの部分が、日常を生きているわれわれに突き刺さり、身につまされる。人間の生きようを、素直に観察し、それを素直に脚本に直し、そして映像表現につなげられるのは、地味ではあっても、大作で得る名誉に匹敵する。

カメラワークに特異なものはないが、こうした樹海の現実を、まさしく雲の下の出来事のように聳え立つ富士の映像が、話の節目に挿入される。


オープニングのバスに、三枝と手島が乗っていた。バスを降りた三枝の脇を、タツヤの車が通り過ぎる。北村を追うタツヤが、途中、自分の店のチラシの束を落とす。田中は自殺する前にそれを拾ったことになる。

この四つのエピソードを綴ったオムニバスは、その四つの自殺あるいは自殺未遂が、ほぼ相前後して起きたことを示している。


吉川忠英によるアコースティック・ギターも、シーンごとにふさわしく美しい。


第1話はやや冗長だが、お勧めできる作品だ。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。