監督:ジャック・ベッケル、脚本:ジャック・ベッケル、アルベール・シモナン、モーリス・グリッフ、原作:アルベール・シモナン、撮影:ピエール・モンタゼル、編集:マルグリット・ルノワール、音楽:ジャン・ウィエネル、主演:ジャン・ギャバン、1954年、96分、フランス映画、モノクロ、原題:Touchez pas au Grisbi
「Grisbi」はフランスの俗語で、「悪さをして得たカネ」の意で、邦題の「現金」は「げんなま」と読ませている。本作品では、金の延べ棒である。
監督は、『穴』(1960年)のジャック・ベッケル。
強盗団にギャングのボスであるマックス(ジャン・ギャバン)とリトン(ルネ・ダリー)は、馴染みの高級レストランで、これから舞台で踊ることになる若い踊り子二人と、ディナーを楽しんでいる。
二人の読む新聞には、オルリー空港で5千万フラン相当の金塊が強奪され、犯人はまだ見つかっていない、との記事があった。
お呼びがかかって、マックスだけが二階のレストラン事務所に行くと、経営者でマックスとは旧知のピエロ(ポール・フランクール)のほかに、アンジェロ(リノ・ボリニ)という男がいた。
金塊強奪犯はマックスとリトンの仕事であり、いずれはそれを現金に換えて、老後は悠々自適をするつもりであったが、リトンは脇が甘く、入れを挙げる踊り子のジョジィ(ジャンヌ・モロー)に、金塊強奪のことを漏らしてしまっていた。ジョジィはアンジェロの情婦でもあったため、マックスらは、金塊欲しさのアンジェロから狙われることになる。・・・・・・
映画では、金塊強奪シーンはなく、それは新聞記事で暗示されるだけであり、いきなり優雅な食事の風景から始まる。
ギャング映画と言われればそれまでだが、ラストの打ち合いや手榴弾の爆破シーン以外、殺し合いなどのアクションシーンは全くない。
ほとんどのシーンで、引退を考えている暗黒街のボスらしく、きちんと調髪し、ダブルを着込み、高価な酒を飲み、女たちも美人ぞろいで、華やいだ服装で登場する。
主役たちの会話や、一部モノローグなどで、全体的にストイックで静かな映画だ。アメリカのギャング映画と違い、フレンチ・フィルム・ノワールのはしりと言われる所以だ。
マックスは、どんなにヘマを仕出かしても、昔からの相棒であるリトンを助け、力になり、身に危険が及ばないようにする。ギャング同士のしたたかな仁義が、マックスのリトンに対する態度や会話から描かれる。また、手下に対し、常に気をかけるマックスも、ギャングの親分としての任侠を表わしている。
室内シーンでは、カメラもよく動く。マックスが、自分の借りた一室にリトンをひと晩かくまうが、皿を出すシーン、ラスクにバターを塗るシーン、歯磨きのシーン、パジャマを渡すシーンなど、ギャングといえども、こうした日常的なシーンを細やかに撮って入れることで、リアル感が増している。
ジャン・ウィエネルによる哀調を帯びた旋律も効果的に挿入される。冒頭近く、マックスが、好きな曲だとして、ジュークボックスで選ぶ曲もこれである。その後しばしば、マックスの心理に合わせるように流されている。
ジャン・ギャバン、50歳のときの作品。ジャンヌ・モローは26歳、登場シーンは多くないが、ストーリー上のキーパーソンを演じ、これ以降、出演が多くなる。リノ・ボリニは、リノ・ヴァンチュラになる前の名前で、本作品が35歳でのデビュー作となった。
ギャングの映画にしては、ドンパチはラストまでなく、男たちの仁義や争いと、華やかな女たちを、それぞれ細やかに美しく撮った映画だ。
古きよき時代のフランス映画を代表するモノクロ映画である。
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