映画 『いのちの紐』

監督:シドニー・ポラック、脚本:スターリング・シリファント、原作:シャヴァ・アレクサンダー、撮影:ロイヤル・グリッグス、編集:トーマス・スタンフォード、音楽:クインシー・ジョーンズ、主演:シドニー・ポワチエ、アン・バンクロフト、1965年、98分、モノクロ、原題:The Slender Thread(=細い糸)


アラン・ニューウェル(シドニー・ポワチエ)は、シアトルの自殺防止協会で電話受付のアルバイトをしている。事務所に着くと、責任者のコバーン博士(テリー・サバラス)が外出するところであった。この日は、一人で仕事をすることになった。

さっそく、一本目の電話が鳴った。それは、理容業の男からの電話で、相談というより愚痴をがなるばかりであった。その応対中に、また電話が鳴った。理容業の男からの電話を保留にして出てみると、ある女性からの相談であった。話しているうち、大量の睡眠薬を用意してあったが、すでに全部飲んでしまった、と言う。

話すうち、その女性はインガ・ダイソンという名前だということは判明するが、なかなか居場所を告げてくれなかった。・・・・・・


この一本の電話は、インガにとってもアランにとっても一本の細い糸である。映画ラスト近くまで電話は続くが、ぎりぎりのところで、彼女は救われる。


電話の途中、最近から今日一日の出来事にいたるまでインガが話すが、その場面は、電話より前の過去の出来事として、挿入される。

長男のことに端を発した出来事として、インガの夫マーク・ダイソン(スティーヴン・ヒル)との行きがかりや、友人らと時間を共にできないなど、インガが不安や孤独にさいなまれてきた経緯が描かれる。インガはすでに一度、自殺未遂をしており、夫との行き違いが再び自殺を図った原因のようだ。

一度めの自殺未遂は、海岸での入水だったが、マークがボートで釣りに出かけるのを趣味としており、海のシーンがよく入る。ケガをした小鳥を子供たちが囲んでいるのも海岸の砂浜であった。


アランの必死の活躍で、コバーン博士は事務所に戻り、警察も、逆探知などして、総力でインガの居所を突きとめようとする。現在と違い、逆探知にはテマと時間がかかるが、電話局の裏舞台も描かれるのは興味深い。電話局の係員や非番の警察官なども右往左往し、ようやく、宿泊先のホテルが割れ、インガが電話を切り、意識が朦朧とし始めたころ、警察がへやに突入する。


一本の電話がつながっているという状況が助けとなって、終盤まで緊張の糸が途切れないようにしている脚本はみごとだ。

テレビ全盛時代に、テレビ業界出身のシドニー・ポラック(当時31歳)が、初めて監督した映画だ。テレビスタジオでの撮影の経験からか、事務室でのさまざまなカメラアングルやカメラの動きは慣れたものだ。冒頭や海岸のシーンも、無理ない演出で好感がもてる。


この映画の2年前、『野のユリ』(1963年)で、黒人として初のアカデミー主演男優賞を受賞しているシドニー・ポワチエ(当時38歳)の演技は確かなものがあり、同様に、この映画の3年前、『奇跡の人』(1962年)で、アカデミー主演女優賞を受賞しているアン・バンクロフト(当時34歳)との、音声での演技合戦も堂に入っている。


カメラもよかった。冒頭、シアトルの街並みが俯瞰され、高い塔が映し出され、やがて、インガいとり佇むようすが映され、またそこから離れていく。インガの存在のありようと、今後のストーリー展開に材料を蒔く冒頭シーンとして秀逸だ。

インガが佇むのは、ビルの中に人工的に作られた池であるが、上記のように、海や水は、インガの息苦しさを、良い方向にも良くない方向にも開放する象徴として、挿入されている。


テリー・サバラス(当時43歳)は好きな俳優だ。日本では、1973年から始まる『刑事コジャック』で有名だが、本作品の前では、『恐怖の岬』、『終身犯』(共に1962年)、後では、『特攻大作戦』(1967年)、『ゾンビ特急地獄行き』(1972年)で、個性的な役どころを演じている。

冒頭からのクインシー・ジョーンズ(当時32歳)の絶妙な音入れにも、注目したい。


この時代の電話システムで、電話を通じてしか他の人間とつながることができないヒロインとして、『私は殺される』(1948年)のレオナ・スティーヴンソン(バーバラ・スタンウィック)を挙げることができる。

これも電話線一本だけで始まり、そして終わる内容だが、スリラーとして著名であり、一度はご覧になっていただきたい。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。