映画 『金環蝕』

監督:山本薩夫、製作:徳間康快、伊藤武郎、原作:石川達三、脚本:田坂啓、撮影:小林節雄、編集:鍋島淳、音楽:佐藤勝、美術:間野重雄、今井高司、主演:宇野重吉、仲代達矢、1975年、155分、東宝。


昭和30年代後半、保守政党の総裁選に絡むダム建設入札汚職事件をテーマとしている。

総裁選に使われた巨額な資金の穴埋めに焦った官房長官・星野康雄(仲代達矢)は、官邸秘書官・西尾貞一郎(山本學)を、悪名高い金貸しの石原参吉(宇野重吉)の元に遣る。石原は申し出を断り、星野が自分のところに駆け込んできたことに興味をもち、独自に調査を始める。星野は、竹田建設に、福龍川ダム建設について政治献金分を見込んだ金額で落札させようとしていた。竹田建設の専務・朝倉(西村晃)は、星野に対し、葉山の別荘を、自らかこっていた元芸者の女(安田道代)ごと星野に譲り渡すなど、星野に便宜を図っていた。

国内最後となる水力発電の建設に当たり、国有の電力開発株式会社の財部(永井智雄)は青山組を推していたが、副総裁の若松(神山繁)は財部との折り合いも悪いこともあり、竹田建設を推していた。財部に対しては通産大臣・大川(北村和夫)から圧力がかかった上、首相夫人・峯子(京マチ子)からも、竹田をよろしく、という名刺を受け取っていた。・・・・・・


タイトルの金環蝕はたとえであって、外側は輝く栄光に見えるが、中のほうは真っ黒に蝕(むしば)まれている政界を象徴している。


汚職のからくりが描かれ、そこに蠢く人物らが戦々恐々の人間ドラマを展開し、ストーリーそのものが興味深いので、それだけでもエンタメ性は充分だが、それ以上に、多くの俳優の演技合戦が見られることがうれしい。

カメラは特段変わった撮り方はしていないものの、セットや照明がうまく扱われ、それだけでもプロの意気込みを感じることができる。官邸内の廊下や種々の執務室、石原が女房替わりの女(大塚道子)と住む本拠や、妾(中村玉緒)の住む赤坂の住まいなど、和風風味を堪能することができる。


当時活躍していた男優のみならず、女優陣の演技力の高さに感心する。どちらかと言えば、男のドラマであり、出番の少ない女優陣は、それがわかっているだけに、いつも以上の演技の妙を披露してくれている。

特に注目したいのは、大塚道子だ。俳優座の中心であり、舞台女優として演技達者である。容姿からして、テレビでは、意地の悪い姑役や悪女を演じていた。本作品では、石原と同居する女房替わりの女として、三つのシーンで出ている。

前科四犯の金貸し、石原参吉風情の妾であるが、すでに今日まで長く同居してきた雰囲気がきちんと表わされている。特別に小難しい台詞や動きがあるわけではないが、日常の所作は演技が難しく、それだけにまた演技の見せどころでもある。ちょっとした動き、首の振り方、顔の向き、声の出し方など、さりげないシーンで見逃しがちだが、少々おつむの弱そうな中年女をみごとに演じているのだ。部屋の中にいるシーンのほか、石原に言われて事務所に部下を呼びにいくシーンがある。カメラは、石原商事の正面から固定で、勝手口から事務所の玄関を開けて中に入るまでのシーンだ。これは想像だが、このシーンをわざわざ入れたのは、石原の会社と石原の私的空間との位置関係を見せるためもあったろうが、大塚道子の演技を披露させるためだったのではないか。大物の舞台女優を妾として出演させる申し訳なさから、監督があえてこのシーンを入れたのではないか、と推察される。特になくてもよいシーンだからだ。


順番を吟味し尽くしたみごとなまでの脚本、豪華なセットや照明、著名な俳優陣の演技など、すべてにおいてプロが結集してできた作品である。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。