映画 『メランコリック』

監督・脚本・編集:田中征爾、撮影:高橋亮、録音:宋晋瑞、でまちさき、衛藤なな、特殊メイク:新田目珠里麻、主演:皆川暢二、磯崎義知、2018年、114分、配給:アップリンク=神宮前プロデュース=One Goose


東大を出たものの、まともな就職をせず、アルバイトを転々とする生活を続けている鍋岡和彦(皆川暢二)は、ある夜、訪れた銭湯「松の湯」で、高校時代の同級生、副島百合(吉田芽吹)と出会う。百合がよく来るという話から、和彦は松の湯の店主、東(羽田真)の面接を受け、同じ日に面接を受けた松本(磯崎義知)と、いっしょに働くことになる。

ある晩、百合とデート中、こんな遅い時間に松の湯の電気がついていることを不審に思った和彦は、デートのあと、一人でようすを見に、松の湯の裏口から侵入した。洗い場では、同じ銭湯の先輩格に当たる小寺(浜谷康幸)が、血まみれの死体を目の前にして、東と何やら相談していた。和彦は、驚いて逃げようとするが、二人に見つかり、洗い場に連れて来られる。

この銭湯は、閉店後の深夜、拉致してきた人間を殺す場所として、貸し出されていた。東は、ヤクザの田中(矢田政伸)に借金があり、やむを得ず、田中の言うなりに、殺しとその処理の片棒を担いでいたのであった。・・・・・・ 


内容は、タイトルどおり、メランコリックである。

テーマがテーマだけに、明るいエンタメ性をもっているとは言い難いが、妙に大上段にかまえることなく、謙虚につくられた作品だという点は評価したい。


和彦は、役柄、ほとんど笑顔もなく、いつも生気がなく、ぼそぼそとした話し方しかしないが、唯一、心を開き、明るい瞬間を見せるのは、百合の前でだけである。そもそも、百合がこの銭湯に通っていることを知り、ここに勤めることになったのだ。

その百合とは、松本の「アドバイス」で、強引に別れることにするのだが、百合のほうが、あまりワケを聞かず、すんなりと別れてしまうところが、やや軽すぎる気はする。はっきりと別れなくとも、ストーリーにさほど影響は出ないはずなので、そのまま、別れを言えなかった、ということでもよかったのではないか。


この作品で、松本は、映画の内容からして、もうひとりの主役である。それなりの過去をもち、それにより出来上がった人生観のもと、決断力や実行力があり、和彦と好対照をなしている。松本が和彦に強く言うシーンでは、この俳優の演技力もあって、ぐいっと引き込まれる。

田中征爾、皆川暢二、磯崎義知の三人でつくる One Goose という映像クリエイターチームによる製作であり、息は合っている。監督が脚本を兼ねると、いろいろ欲が出て、結果的にうまく行かない映画もたくさんあるが、本作品はそうではなかった。監督が、いろいろな映画を観てきているのだろう。


ラストに来て、意外とも言える展開を見せ、和彦が一人前の殺しにも手を染め、東亡きあとのこの銭湯を、同窓生に頼んで経営してもらうことにする。殺しや死体処理のことは公けにならず、しかも、それは今後も続行されると暗示して、映画は終わる。

カメラワークに特殊なものはなく、予算の関係で、手持ちの部分が多くなるが、それほど気にはならない。立ち回りのシーンも、切れが良く、編集がうまいことを表している。


いかにも実際に、こんなことがありそうだ、というリアル感も、うまく盛り込めたのではないか。

それにしても、こういう内容にかかわらず、ロケに貸してくれた銭湯があったのは驚きだ。これにより、セットを作る必要もなくなったが、そのかわり、狭いところでの撮影が多く、手持ちに頼らざるを得なくなったのだろう。


映画学校を出たスタッフによる製作とか、大資本がバックについた贅沢な作りとか、ではないが、それだけに、手作り感があり、好感をもてる作品となった。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。