映画 『五億円のじんせい』

監督:文晟豪(ムン・ソンホ)、脚本:蛭田直美(ひるた・なおみ)、撮影:田島茂、編集:脇本一美、音楽:谷口尚久、主演:望月歩、2019年、112分、配給:NEW CINEMA PROJECT(アミューズ、GYAO!)


高月望来(みらい、望月歩)は、17歳の高校生。幼いときに心臓病を患い、母(西田尚美)が広く募金活動をしたことで5億円の手術費用を集めることができ、アメリカで移植手術を受け、現在は元気に学校に通っている。

今年は、手術成功後11年目となり、例年のようにテレビでは望来のエピソードが放映され、近所の集会所には、募金をしてくれた人々が集まり、望来と母を祝う会が開かれる。

一方、望来の携帯には、おまえに5億円の価値があるのか、といったような嫌味なメッセージも届いていた。・・・・・・


ストーリーは、移植手術をするための募金活動の苦労を描いたのではなく、手術が成功して10年以上経ち、現在、健康であるにもかかわらず、手術を受けた本人が、周囲の祝意や期待を負担に感じ、そもそも自分自身にそれほどの額を寄付されるほどの価値があるのか、と疑問を抱くという前提から始まっている。

いろいろな嫌味なメッセージも、望来自身がそうも思っており、あるときSNSで、自殺しようかと発信すると、キヨ丸なる見知らぬ人物から、死ぬなら5億円を返してから死ね、というメッセージがくる。

こうして、5億円を集めたら死のうと決め、母に内緒で家を出、5億円を稼ぐ<旅>に出ることになる。


ロードムービー風であるが、心配する母の姿も適宜挿入され、必ずしもロードムービーに徹したつくりではない。しかし、望来は、<旅>のさなか、いろいろな経験をし、さまざまな人物や人の情けに出会う。

未成年であるからホテル宿泊は断られる。年齢的な制限から、仕事といっても、日雇いの肉体労働、血まみれの心中現場の清掃、逆風俗のボーイ、オレオレ詐欺の回収人など、裏社会や犯罪にかかわるようなものばかりである。旅先で出会う人物も、ホームレス(平田満)、添い寝ハウスの客(芦那すみれ)、闇の仕事の斡旋人(森岡龍)、近所に住みながら一度も口を利いたことがない透(兵頭功海)との偶然の出会い、など、ふつうの高校生活ではありえない人物ばかりである。

最後に、ようやく5億円貯めることができた望来は、自分が死ぬことより、「手術を克服してがんばって生きているという望来の姿」に敬意をもってくれていた女子に声をかけ、飛び降りを思いとどまらせるのである。


ストーリーとして目の付けどころが興味深いし、望来の心理を、あれこれ台詞に頼らず、その表情や、見知らぬ人物とのSNSの交信で表現していくのも個性的だ。進みかたのテンポもよく、いろいろやってはいるが、少しずつ金が貯まっていくようすは、観ている側としても応援したくなってしまう。

ホームレスや裏稼業の人物も出てくるが、ここに登場する人物は、とてもやさしい人たちだ。望未だからそうなのか。他のヤツなら、こうではなかったのか。これに対しては、「世の中には、優しいヤツと優しくないヤツがいる、というのは間違いで、優しくしたくなるヤツとそうでないヤツとがいる、というのが正しい」といった劇中の台詞が答えてくれている。


カメラについては、特に前半、手持ちが多く、観ていて少々疲れる。手間や人件費を抑えたいのはわかるが、映像上、意味のある手持ちシーン以外は、固定カメラで撮るべきだ。最近の特に若い俳優を中心とする映画は、やたらと手持ちが多い。映画理論など何も知らないまま、高性能な機械を手にしているだけで、カメラの可能性を持て余してしまっている。ただ、全責任は監督にあるのであって、カメラワークがよくなければ、それは最終的には監督の責任である。


ストーリー上、いろいろな舞台に話が飛ぶのだが、添い寝ハウスにしてもホームレスのヤサにしても、確かに外観が映ったあとに、中でのやりとりに進むのだが、外観の映し方が軽いので、中での会話が、もろにスタジオセットであることがわかり、リアル感がない。望未が、ひとり列車を待つ駅の待合室も同様だ。

もし監督が、望未の物語なのだから、周囲の情報は多少薄っぺらくなってもいい、と考えているなら、大間違いだ。周囲の情報をきちんと撮り、見せてこそ、望未の心理状態も、対照的に、克明に浮かび上がるというものだ。


望月歩というのは初めて見たが、よくがんばっていると思う。ガチンコが鳴って、その場で涙を流せる力は武器になるだろう。発声も、発声練習のような話しかたでぎこちないところもあるが、基礎の上に乗るから応用が効くのである。小さな声になると聞き取れないようでは、俳優として失格だ。それをそのままOKにする監督も失格だ。


画面に、SNSのやりとりや電卓、銀行の残高を映すなども新たな試みとしておもしろい。ストーリーもおもしろいだけに、カメラワークの素人っぽさは残念である。ただ、そういうことに無頓着であるなら、それなりに楽しめる作品ではあろう。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。