映画 『隣の影』

監督:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン、製作:グリームル・ヨンソン 、 シンドリ・パル・キヤルタンソン 、 トール・シグリヨンソン、脚本:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン 、 ハルダー・ブレイズフィヨルズル、撮影:モニカ・レンチェフスカ、編集:クリスティアン・ロズムフィヨルド、音楽:ダニエル・ビヤルナソン、衣装:マーグレット・アイナースドッティール、主演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル、2017年、89分、アイスランド、デンマーク、ポーランド、ドイツ合作、アイスランド映画、アイスランド語、原題:UNDIR TRÉNU(=電車の中で)


原タイトルは、つながった住宅のなかで、の意味だろう。


閑静な住宅街に、壁同士で接する二世帯があり、片方の家の庭には、大きな木がある。その木は大きな陰をつくり、隣家のポーチまで日陰となり、そこで日光浴を楽しむ妻には迷惑な存在であった。

大きな木のあるほうの家には、老夫婦、バルドウィン(シグルヅル・シグルヨンソン)と妻インガ(エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル)がいて、特にインガは、その大木にご執心だ。この夫婦には、ウッギという長男がいたが、失踪したまま行方不明となっており、ほぼ自殺したことになっている。次男アトリ(ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン)は、妻アグネス(ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル)と仲たがいし、今はここの実家に転がり込んでいる。理由は、アトリが、かつての恋人ラケルとセックスしている動画を、明け方こっそり見てはオナニーしているのを、アグネスに見つかったからであるが、最近はそもそも折り合いが悪くなってきていた。一人娘のアウサを巡って、親権の剥奪合戦も起きる。インガが、あたかもウッギの生まれ変わりのようにかわいがっている猫がいる。

途中から、いつ木が切られるかもしれないからと、隣人監視のため、庭にテントを張って、バルドウィンかアトリが寝泊まりするようになる。

木で迷惑している家には、中年の夫婦、コンラウズ(ソウルステイン・バックマン)とエイビョルグ(セルマ・ビヨルンズドッテル)がいて、子供をほしいにもなかなか出来ない、という悩みを抱えている。やがて、体外受精を試みることになる。エイビョルグがサイクリングにいつも連れて行く犬がいる。


こうして、それぞれに深刻な問題を抱えつつ、隣同士に対し、疑心暗鬼になっていくストーリー展開だ。

木を剪定するか移動するかという話は、コンラウズ夫婦が以前から依頼していたのだが、バルドウィン夫婦は、考えておくと繰り返すだけで、なかなか実行に移してくれなかった。

ある朝、バルドウィンが車で出かけようとすると、四つのすべてのタイアが、パンクさせられていた。誰のしわざだ? インガの猫がいなくなった。誰のしわざだ? と、この一家がコンラウズ夫婦に疑いをもつ一方で、コンラウズ夫婦の家の庭にある植物の鉢植えが荒らされ、犬もどこかに消えてしまう。ある日、夫婦が戻ってくると、犬は玄関先に立っていたが、触ってみると、それは剥製であった。


日常に題材をとって、サスペンス風に仕上げる点で、ジョエル・シュマッカーの作風に似ており、本作品は、話の中心が二つの隣り合った家であり、どこかに移動することもない点で、『フォーン・ブース』(2002年)を思い出させる。


全体に、ほとんど笑うシーンはなく、ユーモラスなところもない。夫婦のなじり合い、親子のなじり合い、隣人同士のなじり合い、と、まことにシリアスなドラマであり、大木を発端にしてはいるが、すべてが解放に向かわず、あらゆる出来事が異様であり、しかも、どこにでも起きそうな出来事であるから、つい身につまされてしまう。

ただ、仕返しだと言わんばかりに、インガが犬を剥製にしてしまうあたりは、常軌を逸しており、彼女の病んだ心がなせるわざとしか言いようがない。


節目節目で、大木の木の葉やアップが映る。たしかに、この木の存在は、両家に、暗い影を落としているのである。

ストーリー展開はスローであるが、事件そのものは、わりと次々に起きる。そのたびに、それは隣の誰かがやったことだと疑い、エスカレートしていく。ラストでは、飼い犬を剥製にされたことで堪忍袋の緒が切れたコンラウズが、早朝、いよいよチェーンソーで、大木を切るが、その音に気付いたバルドウィンと格闘になり、木はアトリのいるテントの上に倒れ、アトリは死亡する。

ショックを受けたバルドウィンは、コンラウズ宅に侵入し、格闘の末、二人は互いに傷付き、死亡する。残ったのは、女ばかりである。

インガが窓際で、呆然とタバコを吸っていると、エイビョルグが殺したに違いない、と思っていた飼い猫がひょっこり帰ってきて、映画は突然終わる。


アイスランドのアカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚本賞、男優賞、女優賞、助演女優賞、視覚効果賞を受賞した作品であるとのこと。

インガ役の女優の、長男を失っているという設定での、少し病んだ、意地悪満点な演技がよい。

OPからのサスペンスタッチの音楽にも注目したい。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。