映画 『グリーンブック』

監督:ピーター・ファレリー、脚本:ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・ヘインズ・カリー、ピーター・ファレリー、撮影:ショーン・ポーター、編集:ポール・J・ドン・ヴィトー、音楽:クリス・バワーズ、主演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、2018年、130分、原題:Green Book


製作や脚本には、本作品の主役となるヴァレロンガの息子・ニック・ヴァレロンガが加わっている。


タイトルの「Green Book」とは、アフリカ系の黒人が、アメリカ人旅行する際のためにと作られたガイドブック「黒人ドライバーのためのグリーン・ブック」からとられている。この小冊子は劇中にも何度か出てくる。地図以外に、黒人専用のホテルや、黒人でも食事できるレストランなどが紹介されている。


1962年の話。トニー・ヴァレロンガ(通称トニー・リップ、ヴィゴ・モーテンセン)は、ニューヨークのナイトクラブで、ウェイターをしていた。事実上は、店の用心棒も兼ねており、トラブルを起こした客を店外に引きずり出し、半殺しにまでしていた。

その店が、改装のため、二ヵ月ほど閉まるので、仕事を探そうとしている矢先、ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)という男が、運転手を探していることを知る。面会に行くと、カーネギーホールの上階に住んでおり、出てきた男は黒人で、ドクターとは名だけで、実際は、ピアノ演奏で各地を回るピアノプレイヤーだった。ドクターは、自分が演奏旅行でアメリカ南部の州をあちこち回るので、運転手がほしいということだった。

仕事の内容を聞き、最初は断ったトニーだったが、ドクターは、トニーの家に電話してきて、トニーの妻ドロレス(リンダ・カーデリーニ)の了解を得、給料もトニーの要求どおりにするので、トニーを雇わせてくれ、と言う。結果、トニーは引き受け、ドライバーとなり、後部座席にドクターを乗せて、旅に出ることになる。・・・・・・


1964年まで有効だったジム・クロウ法がある時代であり、南部諸州では、黒人に対する差別が合法とされていたころの話である。

ストーリーの上で、初めから、黒人差別的な会話があり、トニー自身にも差別意識があることは、冒頭近くで描かれている。

これらの時代背景や二人の行く先々の環境を基底に置いて、ストーリーが展開していく。


トニーは、教養もなく、言葉遣いも荒く、平気で悪さもし、腕っぷしは強いが、『男はつらいよ』の寅次郎にも似て、正義や人間世界の一般道は心得ている人間だ。仲間もたくさんいる。これに対し、ドクターは、元々クラシックからピアノに入り込んだという経歴もあり、言葉遣いも正確で上品であり、身なりもきちんとし、マナーにもうるさい人間である。筋を通して生きてきたが、不器用な一面もあり、演奏中以外は、いつもひとり寂しそうな雰囲気がある。


少しずつ、じわじわと、二人が打ち解けていくさまが、何ともほほえましい。黒人が運転手え白人が後ろに座っているのでは、平凡な話になってしまっていたであろう。しかしこれは実話を元に作られているので、事実を変えるまでもなかったわけだ。


トニーは、クリスマスイヴには間に合うように帰る、と言い、実際にその晩に、自宅に帰ってきた。友人らで賑わうところに、ドアベルが鳴る。トニーがドアを開けると、親しい老夫婦がやってきた。ここで観客は、ドクターが来たか、と思い、一旦裏切られるが、ドアの外にはドクターがシャンパンを持って立っていて、トニーは歓迎し、皆に紹介するのである。

こうした<裏切り>は、拳銃や翡翠の小石、妻にトニーが書く手紙は、トニーに代わりドクターが言う言葉を書き綴ったものであったこと、など、観ていくうちに観客の思うとおりに<解決>されている。


映像的にも、南部諸州の風景が美しく、二人の乗る車をはじめ、アメリカのクラシックカーを何度もたくさん見られるというオマケもありがたい。


時代背景を基底に置きつつも、妙に肩肘張らない、誠実に作られた映画である。ふらりと映画館に入って観るにはふさわしい映画だ。観終わって、観てよかったな、とほっとするような気分になる映画である。


アカデミー賞で作品賞・脚本賞・助演男優賞 (マハーシャラ・アリ)を受賞しており、主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)は、残念ながらノミネートされるに留まった。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。