映画 『ホステル 3』

監督:スコット・シュピーゲル、、脚本:マイケル・D・ウェイス、原案:イーライ・ロス、撮影:アンドリュー・ストレイホーン、編集:ブラッド・E・ウィルハイト、音楽:フレデリック・ウィードマン、出演者:キップ・パルデュー、ブライアン・ハリセイ、2011年、87分、原題:Hostel: Part III


『ホステル』(Hostel、2005年)・『ホステル 2』(HOSTEL PART II、2007年)を順に観ている人からすると、だいぶ不満になると思うが、初めて観る人にはまあまあ楽しめるのではないか。


ストーリー上の辻褄合わせやフェイントをかました意外性があるし、ストーリー展開も、ラスト直前までは普通の映画並みにまともで、エンタメ性はあるほうだ。

舞台が東欧で、そこに不良っぽいアメリカの若者が訪れるという設定から、ラスベガスが舞台となり、そこに同じアメリカ人の4人の男が出かけるという設定に変わっている。

そのうち主役は二人で、一人が来週結婚だというのに、独身最後の旅行をするということで、フィアンセにはスプリングフィールドに行くと言いながら、その悪友の車に乗ると、行く先は実はラスベガスであった。


秘密クラブの神秘的めいたところや、加害行為にしてもじわじわと時間をかけて痛めつけるようなプロセスもなく、どこか滑稽さやお色気を交えた演出もなく、1・2に比べれば、どうしても平板な単なる痛い映画に成り下がったという批判は当たっている。

ストーリーもラストに向けて都合のいい展開にしたところがあるし、長く登場していた人物があっけなく死亡するという、あってはならない「不均衡」が二か所あり、さらにとってつけたようなラストが加わって、せっかくのそこまでの良さが台無しになった感はある。


痛いシーンはあることにはあるが、観客が一堂に会し、ガラス越しに実行行為を見ながらハイテク機器で賭けをするということにしたため、前作までのような一対一での密室での緊迫感が損なわれたのも事実だ。

ゴキブリのような毒虫のシーンでは、さすがにCGを使っているのがわかってしまい興ざめでもある。


まあしかし、気楽に痛い映画を観るのには87分という尺からして充分だし、賭けをする客のほんの一瞬しか映らないシーンでも、それにふさわしい容貌の男を用意するなど、演出を含め、全体に実に細かく行き届いている点は褒めたい。



日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。