映画 『春の調べ』

監督・脚本:グスタフ・マハティ、 撮影:ヤン・スタルリッヒ、 音楽:ジュゼッペ・ベッチェ、主演:へディ・キースラー、 モノクロ、1933年(昭和8年)、95分、チェコスロバキア映画、原題:Extáze(エクスタシー)、日本での封切は2年後の昭和10年。


ドイツで「Symphonie der Liebe(愛の交響曲)」と名付けられ、邦題はそれに倣い、さらに「春」という言葉を入れたと思われる。「春」とは、官能の象徴である。


世界でも初めて、女性の全裸が映ることで有名になった映画だ。

トーキーなので、ほとんど台詞はない。

年配の男と結婚したばかりの若い女(ヘディ・キースラー)は、その晩から夫に対し、不満をいだく。

歯ブラシをコップに入れてあげると、夫は向きを変えて入れ直す。ネグリジェを脱がせようとしてちょっと切った指先を、夫はいつまでも気にしていて、自分のことをかまってくれない。

そんな神経質で利己的な夫は、豪華な家や家具、衣装、花束を女にもたらすが、女の心と体は満たされない。実家の父のところに行くも、自分で解決するよう諭されるだけである。


ある日、鞍を付けない愛馬にまたがって、湖までくると、裸のまま泳ぎだす。

馬が勝手に走り去ってしまったので、追いかけていったところで、ある男と出会う。

男とは楽しい時間を過ごすが、自殺した夫のことを考え、男が居眠りをしている間に、女はひとり、汽車に乗るのであった。・・・・・・


昭和8年の映画を、今観られるのは幸せなことだ。

この映画は、裸で湖を泳ぐシーンがあるため、検閲でカットされるとともに、女性の上半身が画面に映るということでも話題になった映画である。この女優の乳房までのバストショットが一箇所ある。

世界でもそうだが、特に日本での上映映画では、今までに例がなかったと言われる。何しろ、昭和10年の話だ。


豪華なベッドで、女がうとうとして、ひとり下半身をまさぐりながら寝返りを打ったり、コーチの上で男に全身を愛撫されるシーンがある。

どちらも、首より上の撮影か、ベッドの上から二人の頭を映すくらいである。あとは想像にまかせる、というより、全部映せば、当時はどの国でも上映されなかっただろう。


昭和40年代のポルノ映画であっても、今もし見れば、たいしたことはない。

むしろ、普通の映画に加え、濡れ場のシーンが多いくらいだ。その後、規制されて、乳房全体は映してはいけない時期もあったくらいだ。


映画は、フレームで映像が切られる。フレームの外は、そのフレームの延長として視聴者が想像する。

全部丸見えより、隠れているところがあることで、観る側に画面の外を想像させ、隠された部分があればこそ、映画の奥行きというものも見えてくる。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。