映画 『アルゴ』

監督・主演:ベン・アフレック、脚本:クリス・テリオ、撮影:ロドリゴ・プリエト、編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ、音楽:アレクサンドル・デスプラ、2012年、120分、原題:ARGO


イラン革命の際、テヘランの在アメリカ大使館が占拠されたが、外交官のうち6人は、カナダ大使公邸に逃げて、かくまわれた。その6人を無事に脱出させることに成功した話を描く。在イランアメリカ大使館人質事件を題材としている。


冒頭にニュース映像とともに、イランの世論が、アメリカに亡命したパーレビ国王の身柄引き渡しを要求する背景など、それまでの経緯が大まかに解説される。

CIAではいろいろな提案がなされるが、紆余曲折のあげく、トニー・メンデス(ベン・アフレック)の案が採用されることになる。

それは、SF映画「ARGO」をイランでロケ撮影するという名目で、トニーが単身テヘランに飛び、6人を映画のスタッフに化けさせて脱出を図るというものであった。・・・・・・


アカデミー作品賞を受賞しているが、内容的にはアメリカ一辺倒のサクセスストーリーになっており、さもありなんという感じである。

何しろ、アメリカ=絶対善、イラン=絶対悪として描いているのだから。

しかし政治的映画・戦争映画などを政治的状況から取り上げて批評するのは、映画批評としては誤っている。

純粋に映画作品としてはどうか。


6人全体はまとめて準主役なので、その横顔をもっと出し、不安な表情などをもっと出すべきだったというレビューもある。たしかに中には夫婦もいてわからなくもないが、大使館員というまとまりで描くのに問題ないし、不安なようすも充分描かれていた。

6人がテヘランの繁華街を歩かざるを得ないとき、商店主の男が現地の言葉で、大声で言いがかりをつけてくる。すると大勢の人々が寄り集まってくる。このあたりにも6人の不安や恐怖が表わされている。


この映画は政治的映画でなく、歴史の一面を題材としたサスペンス映画として観たほうがいいようだ。

大使公邸の若い娘である女中はイラン人であり、密告はしないものの、その存在が気になる。空港まで何とかやってくるまでにしても、パスポート申請時にしても、その緊迫感がうまく出されている。ようやく空港バスで飛行機に近づくころ、イラン兵がトラックに乗って追ってくるが、飛行機は離陸し、6人は辛くも脱出に成功し、イラン領空から出る。


これに似たサスペンスに、ヒッチコックの『引き裂かれたカーテン』(1966年)がある。東西冷戦時、アメリカの科学者が東ドイツに入り込み、機密とされる方程式を盗み出すという内容だ。これも、盗み出したあとは、追って追われての展開となる。


この映画はさらに緊迫感をもって、それぞれのシーンやエピソードを刺激的に挿入して、細かく描かれている。

大使館を後にするとき職員が書類をみな、シュレッダーにかける。その縦に細く切られた書類を寄せ集め、おおきなへやでつなぎ合わせているのは子供たちだ。6人の顔写真も、子供たちの作業によって、細い断片がつながれ、明らかとなる。さりげなく挿入されているが驚きのシーンだ。


トニーの案は、土壇場でなかったこととされる。命令としてそれに従うつもりだったが、6人のために作られた偽のパスポートを見ているうち、トニーは本国の上司に電話し、やはり予定どおり決行する旨を告げる。

すると上司は糾弾するどころか、それならということで、あちこちに掛け合い、ぎりぎりのところで飛行機のチケットも予約されることになる。

実にアメリカ的で、このあたりもアメリカで支持を得た理由であろう。


すべて成功裏に終わると、ギクシャクしていた妻の元へトニーが帰る。見つめ合ったあと、二人は深く抱擁しあう。

すべてめでたしめでたしのハッピーエンドで終わる、典型的アメリカ映画だ。


ふつうに楽しめる映画であるが、内容柄、一直線に進むので、もう少し描いてもいいと思うところもある。

カナダ公邸のお手伝いである娘は、結局、6人がかくまわれていることを軍に密告しないが、ラスト近くで、イラクに入国するのがわかる。

この少女のエピソードが語られても、大勢に影響しない人物なので、ここまでアメリカ一辺倒であるからには、エピソードとしてもう少し触れてみてもよかった。

この子については、その素性を含め、何とはなしに、気になるのである。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。