映画 『鬼畜』

監督:野村芳太郎、原作:松本清張、脚本:井手雅人、撮影:川又昂(かわまた・たかし)、編集:太田和夫、音楽:芥川也寸志、主演:緒形拳、岩下志麻、1978年、110分、松竹。


埼玉県川越市で印刷業を営む宗吉(緒形拳)は、妻・梅(岩下志麻)との間に子がなかった。実は宗吉には、菊代(小川真由美)という料理屋の女中をしている妾がおり、七年越しの関係で、三人の子までいた。

事業がうまく行かず、宗吉が菊代の渡す生活費も滞ってきた。菊代は、三人の子を連れ、いよいよ、宗吉の家に乗り込んできた。

宗吉に愛人がいたことや、まして子が三人もいるなど夢にも知らなかった梅は激怒し、宗吉を罵った。

翌朝、菊代の姿はなく、三人の子、長男・利一、長女・良子、次男・庄二は置き去りにされた。三人に対する梅の虐待が始まる。・・・・・・


おなじみのベテラン俳優が散りばめられ、単純なストーリーに厚みが出ている。

ほとんど新人に近かかった大竹しのぶが婦警役で出ているほか、印刷屋の使用人に蟹江敬三、パトカーの警官に田中邦衛などが出演している。


庄二は、いい加減なものしか与えられなかったことによる病死であったが、二番目の女の子・良子は、まだ父親の名前や自分の住所も言えないことを利用して、宗吉は都内見物に出るふりをして、東京タワーの上に置いてきてしまう。

長男・利一は6歳になっており、住所も言え、兄弟が順にいなくなったことや、それにつれて冷たく変化していく宗吉の自分に対する態度や、折檻などもあり梅に嫌われていることもよく悟っており、良子のように捨ててくるわけにはいかない。


宗吉は旅行と称し利一を連れだす。東尋坊から能登半島に周り、能登金剛の崖の上で、宗吉は寝ている利一を抱いたまま立ち上がり、関野鼻の崖から利一をわざと落としてしまう。下に投げるのではなく、抱いている手を離すように、そっと利一を落とした。

『ゼロの焦点』で有名になったヤセの断崖のシーンもある。


宗吉は女房の尻に敷かれ、その陰で愛人をつくり、女房との間にはできなかった子供を三人もつくっていた。このしがない小心者の宗吉が、終盤、利一と止まった旅館のへやで、ヤドカリと遊ぶ利一に、聞かせるでもなく、自分の辛い過去や生い立ちを、涙ながらに話す。このシーンは緒形ならではの圧巻だ。


利一を殺すつもりでここまで来たのにもかかわらず、自分も幼い頃、親類じゅうをたらいまわしにされたり、人に裏切られたりした話をする緒形の演技には圧倒される。だから、子供らを大事にしなければならなかったのに、一人を病死させ、一人を捨て子にし、いままた目の前の子を、あすにでも亡きものにしようとしている。

利一は松の枝に引っかかって一命を取り止めるのだが、警察の事情聴取にも、何も答えず、容疑者として連行されてきた宗吉と向き合っても、この人はおとうさんではない、と語る。


ちょうどあのころ、子供を捨てる親、子に対する親の虐待、またその延長で、親と子の関係について、いろいろ話題になっていた。野村芳太郎が手がけた松本清張作品は、『張込み』(1958年)『砂の器』(1974年)などいずれもヒット作となり、この作品の後、『わるいやつら』(1980年)『疑惑』(1982年)へとヒット作が続く。


清張作品は、サスペンスとして、原作が丹念に仕上げられており、脚本化しやすく、大衆の関心を呼ぶよような、人間の内面心理へ迫るものが多い。

この映画の音楽は芥川也寸志だが、出だしはどこかズッコケムードの音楽だ。シリアスな内容の映画であるのに、菊代が、東武東上線・男衾(おぶすま)駅から印刷屋に押しかけるまでは、どこか拍子抜けした味わいがあり、緒形拳の気弱なすっとぼけぶりと一致している。

ほとんどのシーンに子供が出てくるからには、子役の演技も大事である。利一役の少年は、演技力があるとは言えないが、こうした状況にある子の役柄なので、あえて丁寧な役付けをしなかったのかもしれない。


やはり注目されるのは、緒形拳と岩下志麻の演技であろう。どちらも本当にうまいと思う。

岩下は当時37歳。若いころは清楚なお嬢さん役が多かったが、30代以降、役柄を広げ、桃井かおりとの共演作『疑惑』では、子を夫のほうに残し離婚している弁護士、『鬼龍院花子の生涯』(1982年)では鬼龍院政五郎(仲代達矢)の妻・歌、『魔の刻(とき)』(1985年)では息子・深(坂上忍)を愛する母親を演じ、その後『極道の妻(おんな)たち』シリーズ(1986年~1998年)で圧倒的な存在感を見せつけることになる。


小川真由美は、冒頭に出てくるだけであるが、啖呵を切るところの形相はものすごい迫力で、物語最後まで、その影響力をもっている。


岩下志麻も、石川県の刑事が宗吉を連行しにきたあとは、出てこない。大竹しのぶは、利一が助かったあと、婦人の警官として、何とか利一の口を割らせようとするシーンで初めて出てくる。アップのシーンもあり、ラストで利一に声をかけるシーンもあり、演技派を買われての出演だろう。その後大きく育っていった女優だ。


その後増加の一途をたどり現在にも頻発する子捨て、子殺しを扱ったテーマであるが、社会批判、保護者批判の映画ではなく、人間の本性に眠る<鬼畜>の部分と罪悪感を、映像に描写した名作だ。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。