映画 『TOMORROW 明日』

監督:黒木和雄、原作:井上光晴『明日-1945年8月8日・長崎』、脚本:黒木和雄、井上正子、竹内銃一郎、撮影:鈴木達夫、編集:飯塚勝、美術:内藤昭、音楽:松村禎三、主演:桃井かおり、馬渕晴子、南果歩、佐野史郎、1988年、106分、カラー。


封切されたときは『TOMORROW/明日』となっていた。今もある岩波ホールに観にいき、大変感動した作品。

1945年8月9日に、長崎に原爆が落とされる。その前日からの24時間を、長崎の三浦一家を中心に描いた作品。戦時下、けなげに生きる庶民の日常を丹念に描き、翌日午前11時2分に原爆のきのこ雲がゆっくりと描き出されて、そのまま映画は終わる。


特異なつくりかたと、反戦への新たな表現方法として、当時注目され、多くの賞を受けている。キネマ旬報では邦画部門2位、監督賞、主演女優賞で桃井かおりが受賞している。

その他多くの賞を受賞しているのは、反戦映画だからではなく、その思いを伝えるのに、映画という手段にこうした方法を取ったという点であろう。

すなわち、軍人や政治家の視点ではなく、思想的な背景を描くわけでもなく、長崎の町に生きる、多人数の人々の日常を追っているだけだからである。


主演はいても、多くの人物が登場する。

観ている側は、ここに映るすべての人が、あすには死亡してしまうことを知っている。ところが登場人物たちは、夢にも知らない。

ごく普通の日常、そこには、戦時中ということもあり質素な結婚披露があり、出産があり、別れや悲しみもあるが、それらが、翌日には一挙に無に帰してしまう。


セリフにも、あすはどのへんを走っているのか、あしたはどこそこで待ち合わせしましょう、あすもあさっても、そしてずっとよろしくです、などというセリフが出てくる。逆に、過去の思い出、いつかの日のこと、なども語られる。

そうした、庶民個人個人の未来はもちろん、過去の歴史や思い出までが、一瞬にして無に帰してしまう。


昭和20年を舞台にしたこの映画のなかに、反戦的な言葉はあるはずがない。沖縄では今こうなっている、赤紙が来た、など、戦争はこの段階でも依然継続しているし、お国のために、という産婆の言葉もある。

日常を丹念に描き続け、誰もが無意識に迎えるあすが、無に帰する。この手法は、むやみに反戦を、言葉やテーマとして全面に掲げるより、効果的であり、胸を打つものがある。


この映画では、当時の世相や町や家のようす、生活用品などを見ることができる。長崎市内でのロケはあったが、当時をそのまま残すところはほとんどなく、やむを得ず坂道や市電の風景は撮れたものの、あとの大部分は、佐世保や鎌倉のロケでつないでいるとのことだ。

セットなど美術の苦労が偲ばれる。当時の日用品を整えるのは大変だったはずだ。座敷、台所、縁側、食器棚、ちゃぶ台、弁当箱、蚊帳(かや)など、懐かしいものばかりだ。これらがみごとに再現されている。


カメラは実にやさしい動きを見せている。一つのシーンが長い場合もあるが、いたずらに長回ししているのではなく、その長さが、そのシーンでの会話のやりとりに見合っており、その最中にカメラは、やや近づいたり離れたり、あるところに寄ったりしている。

固定と移動の二種類だけではっきりと使いわけしていて、中途半端な撮り方がない。

日常を丹念につないでいくので、特に中盤、多少の間延び感は否めないが、そこは、ベテラン俳優らの演技や間合いのとり方でクリアされている。ときおり挟まれる風景のカットも効果的だ。


今晩じゅうには出産が予定されるツル子(桃井かおり)が横になっていると、そこに母親(馬淵晴子)が、弁当箱に何か持ってくる。蓋を開けて仏壇に供えるので観客にはそれが、煮たあずきだとわかる。ツル子が何かと問うので、母が蓋を取ると、わ~、あずきだ、と感動する。そしてひと粒だけ食べる。

どこで手に入れたの?と聞くと、あなたのお守り袋を開けたのよ、という母。

このころの食糧事情や砂糖の配給事情などを考えると、大変感動的なシーンだ。


青空にはためく洗濯物、水路で遊ぶ少年たち、アサガオ、そして、ラスト直前に映る、石蹴りをして遊ぶ少女たち、こうした挿入も、映画という方法だからこそ生きてくる演出だ。

ところどころにしか入らない、内容に見合った静かな音楽もよかった。


俳優にとって、日常の所作を演技するほど難しいものはないという。桃井かおりの丁寧で抑えた演技もよかったが、やはり馬渕晴子の演技はすばらしい。


岩波ホールで初めて観賞したときを思い出す。映画が終われば、多くの人はすぐさま帰り支度を始めるのがふつうだが、この映画のときは、ほとんどの人が、しばらく座ったままであった。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。