監督:ビリー・ワイルダー、原作:アガサ・クリスティ『検察側の証人』、脚本:ビリー・ワイルダー、ハリー・カーニッツ、撮影:ラッセル・ハーラン、編集:ダニエル・マンデル、音楽:マティ・マルネック、主演:タイロン・パワー、マレーネ・ディートリッヒ、チャールズ・ロートン、1957年、117分、モノクロ、原題:Witness for the Prosecution
法廷サスペンスの絶品で、アガサ・クリスティの原作がしっかりしている上に、実力派の大物俳優が出ており、それと知られたベテラン勢が脇を固めている。ビリー・ワイルダーの傑作のひとつだ。
ストーリーに限らず、セットや小物類なども凝っているほか、変に小細工をしない控えめで丁寧なカメラワークに、ところどころ入る変わったアングル、ピルや葉巻、ステッキの扱いなど、映像としても楽しませてくれる。
ファーストシーンからラストシーンにいたるまで、さまざまなエピソードのつながりを邪険にせず完結させ、観る者を魅了する。
夫と妻と弁護士を同じ重みで扱っているので、三者にアンバランスが生じていない。
扇のかなめになる弁護士と、その付き添い看護婦が最初から最後まで映っている。この弁護士の周辺が映されることで、彼のキャラクターが十分に伝わり、単なる法廷モノでなくなっている。
室内劇に近いため、常にフレームやアングル、カットにくふうを凝らしているが、この映画を盛り上げているのは、俳優たちの演技による登場人物それぞれの個性だ。あの使用人のばあさんも適役だ。
そして何よりの適役は弁護士役のチャールズ・ロートンと妻役のマレーネ・ディートリッヒだ。ロンドン法曹界でも知られる大物弁護士が、葉巻を吸えたときや階段昇降機に乗ったときなど実に無邪気な笑顔を見せるかと思えば、法廷では怒って大声を上げるところまでさまざまな表情を見せてくれる。
ディートリッヒはどちらかといえば、酒場の歌姫など生活感のない役柄が多かったものの(ここでもそういうシーンはあるが)、スーツを着てツンとした表情を保つ役柄はあまりなかった。全くのはまり役で、まさかマリリン・モンローはありえず、リタ・ヘイワースもありえず、現代でリメイクするならジョディ・フォスターくらいなら演技はできても、この女の引きずる過去は演じきれないだろう。
冒頭から映る巨大な法廷と厳粛な裁判や、検事やこの大物弁護士まで敵に回す、ドイツに過去のあるこの女は、ドイツ生まれのディートリッヒにしかできなかっただろう。
映画のシーンで「ジェシー・ジェイムズ」の名も出てくる。セリフに日本の特攻隊も出てきた。全体にセリフの駆け引きのおもしろいのもこの映画ならではだ。
ロンドンを舞台にした話なので、まさにきれいなイギリス英語であり、使用人のばあさんの英語には訛りが際立つ。
本来なら、殺人犯の妻は、出廷するにしても、弁護側の情状証人として出廷するのが普通で、検察側の証人として出廷することはありえず、その普通ならありえない証人がディートリッヒであり、原題は「検察側の証人」だ。このワケありの妻を「情婦」として邦題にしたのは苦し紛れの選択だっただろう。
ラストで、カメラを外に出す法廷モノが多いなか、ある意図もあってか、カメラは固定したまま、奥の扉に消える弁護士と付き添い人を映して終わる。
さりげないが、自重した品のある演出だ。
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