映画 『どぶ』

監督:新藤兼人、脚本:新藤兼人、棚田吾郎、撮影:伊藤武夫、編集:今泉善珠、美術:丸茂孝、照明:田畑正一、音楽:伊福部昭、主演:乙羽信子、宇野重吉、殿山泰司、信欣三、藤原釜足、1954年(昭和29年)、114分。 


『縮図』同様、雨の降るシーンから始まる。『縮図』にD51が見られるように、この映画も冒頭近くにトロリーバスが映り、時代を感じさせる。

舞台は鶴見あたりで、河川敷に住む労働者の集落全体が主役のような映画だ。

 

ひとりの男(徳、殿山泰司)が工場に出勤しようとすると、浮浪者のような女(乙羽信子)が寝転がったまま腹が減ってると言うので、男はコッペパン一個を投げて通り過ぎていく。女はそれをむさぼり食う。・・・・・・


フェデリコ・フェリーニの『道』を思い出させる内容だ。ただ、ザンパノに当たるのがこの映画では、通称カッパ沼に住むこの集落の男たち全体だ。

この女、つるが少々おつむが弱いところから、徳とピンちゃん(宇野重吉)、役者くずれの男(忠、信欣三)の三人は、つるを騙して芸者に身売りさせ、それをもって博打や酒に使う。 


置き屋を追われると、いつしか川崎駅前で、駅から出てくる男の客を拾うようになる。

ハイライトは、その駅前広場で、つるが拳銃を撃ちまくるシーンだろう。

そのときつるの脳裏に、今まで自分をコケにした男たちの顔が、フラッシュバックで映し出される。これは効果抜群だ。

 

前半では、つるや住人たちの当意即妙なセリフの掛け合いなど、実におもしろく笑える。乙羽信子の体当たりの演技と、ぐにゃりとする顔の表情やしゃべりかたがおかしい。

後半は一挙につるの悲劇に重点が移る。つるを金を運ぶ弁天様とする徳とピンちゃん二人が、二回目につるを迎えに出ると、つるの歌声しか聞こえず、徳はわずかに自責の念をあらわす。ここが前半との分かれ道だ。

 

組合運動や集落の立ち退き問題などをからめ、厚みのある脚本になっているが、いつも思うのは、つるが追い出されるくだりだ。ラストの悲劇にもっていくように、やや強引さが感じられる。

それでも、ラストにつるの遺骸を囲んで、住人たちが弔う姿は胸が打たれる。


住人たちのシーンは、ある意味、舞台劇に近いが、そこに適度に列車の通過や付近の景色のカットを入れて、舞台の広がりを見せてくれる。

カッパ沼に住む住人は、みな個性的であり、演技達者が楽しそうに演技している。

 このカッパ沼は、つるにとってはパラダイスであったが、観ているわれわれにとっても楽園に見えるから不思議だ。


『縮図』同様、その後有名になる俳優がちらちら見えるのも楽しい。

大滝秀治(ここでは大滝秀司)が飲み屋の客にちらりと出ているし、『男はつらいよ』のおばちゃん役の三崎千恵子(ここでは三崎千枝子)が、置き屋の小うるさい女将の役で映画デビューしている。 


時折流れる悲哀をこめた音楽もすばらしい。

身なり薄汚く、頭が弱い女にも、いやそれだからこそ、純心というものが宿っていた。

主人公は女であっても、踏みつけられ心身を蹂躙される泥沼のなかにあってさえ、生きるエネルギーを失わないことを伝えてくれる名作だ。 


どぶというタイトルは、薄汚れたカッパ沼をさすと同時に、つるの生きてきた境遇を言っているのだろう。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。