映画 『深夜の告白』(改訂)

監督:ビリー・ワイルダー、原作:ジェームズ・M・ケイン『倍額保険』、脚本:レイモンド・チャンドラー、ビリー・ワイルダー、撮影:ジョン・サイツ、編集:ドーン・ハリソン、音楽:ミクロス・ローザ、主演:バーバラ・スタンウィック、フレッド・マクマレイ、エドワード・G・ロビンソン、モノクロ、1944年、107分、原題:Double Indemnity


『情婦』(1957年)などで有名なビリー・ワイルダー監督の作品で、ヒッチコックの『サイコ』(1960年)同様、サスペンスの古典といわれる傑作であり、フィルム・ノワールの嚆矢ともされる。


保険の外交員、ウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)は、車輛保険の更新のため訪れたディートリクスン家で、不在の車所有者の夫にかわり、妻のフィリス(バーバラ・スタンウィック)と話す。フィリスはディートリクスンの二度目の妻で、先妻の娘、ローラ(ジーン・ヘザー)と暮らしている。二度目の訪問時、やはり夫は不在で、フィリスは傷害保険のことなどをネフに尋ねる。フィリスの言い分から、ネフは彼女が、夫に生命保険をかけ、保険金殺人を考えていることを察知し、一旦は彼女から遠ざかるのだが、・・・・・・。


保険のセールスマンがある人妻に惚れて、いっしょに完全犯罪を企む。人妻の夫が事故死すれば、通常の2倍の保険金がこの妻に転がり込む。原題はこれをさして「倍額保険」となっているが、本編冒頭からラスト近くまで、殺人の片棒を担いだネフが、深夜、会社に来て、最も親しい同僚、バートン・キーズ(エドワード・G・ロビンソン)宛てに、自らしたことの告白を録音機に吹き込むことから、邦題は『深夜の告白』としたのだろう。


夫が殺害されるときの姿であり、ネフが夫になりすましたときの姿でもある松葉杖の男のシルエットがタイトルロールにかぶさり、ネフの車が街中を猛スピードで走り抜けるファーストシーンは、先を暗示し印象的だ。


脚本、特にセリフが克明に書かれているので、抜けがなく、同じ言い回しなども出てきてセリフに厚みを感じる。夫に保険をかけて殺すのは二人だが、本作品の主役はキーズを含め三人だ。キーズはこの事件を解決していくキーパーソンであり、その前提としてのキーズの仕事ぶりや性格描写もきちんと描かれている。テンポも早く、内容に弛緩が生ぜず、ラストまでバランスのとれた緊迫感をもって引っ張っていってくれる。殺害そのものは尺のちょうど半分のところで実行され、後半は、殺害計画と事件の真相が暴かれる過程が描かれる。 


映像的には、冒頭からラストまで夜や室内のシーンが多く、陰影とわずかな光の生むコントラストが活かされている。ネフが初めてディートリクスン家の居間に入ったとき、それぞれの窓は閉められ、ブラインドが下ろされている。真っ暗ではないが薄暗い居間のようすは、先を暗示していて不気味だ。室内シーンでは、カメラのアングルにヴァリエーションが見られる。


典型的な、悪女が主役のサスペンス・フィルム・ノワールで、この悪女=ファム・ファタールには、『群衆』(1941年)で知られ、後に『私は殺される』(1948年)に出演するバーバラ・スタンウィックが当てられ、妖艶にして締まった演技を披露している。

ミクロス・ロージャによる音楽もそれぞれのシーンにふさわしい効果をあげている。ネフがローラと話すシーンではシューベルトの『未完成』が使われ、ネフとフィリスの犯行がばれることを暗示しているのだろう。


何回か出てくる ’straight down the line' つまり、計画通りにきっちりやる、という言い回しが、殺人を犯した二人は同じ電車に乗ったまま降りられず墓場までいく、というキーズのセリフに呼応している。この言葉は初めフィリスから出た言葉で、殺害計画をきっちりやり遂げる、という意味で出てくるが、進行とともにそのニュアンスが変わり、一緒に電車に乗った者、つまり、共犯者は、どこまでもいっしょに同じ線路上を進み、最後は墓場にたどりつく、という意味になっていく。 


『サイコ』と違うのは、途中で主役の交代がなく、『サイコ』が映像に凝ったのに対し、こちらは脚本に凝っている点だ。それゆえ、ストーリー全体としてみると、やや強引な運びや場面転換があるのは否めないが、以降の映画制作に多大な影響を与えた点では甲乙つけがたい。むしろ、脚本中心のこの映画のほうが、太い軸が一本通っていて、ストーリー展開の方法で後世に影響を与えたと思う。カメラワークではヒッチコックの職人芸が後に影響を及ぼしたのは確かだが、この映画にもいろいろな演出はみられる。


冒頭以外でも、スタンウィックが階段を降りてくるときに、足元だけ映すシーン、車内での夫殺害シーンでは、隣で絞殺が行われていながら、画面には、まばたき一つせず素知らぬ顔で運転を続けるスタンウィックの顔だけを映すシーン、などがよい例だ。


小道具にも注目できる。葉巻とマッチも繰り返し登場し、ネフとキーズという二人の男の間柄を示す小道具に使われている。キーズは常にマッチを持っておらず、いつもそばにいるネフが火をつけてやるが、ラストでは、出血で力尽きそうなネフに、マッチを擦ってやるのはキーズのほうだ。

 

回想によって話が進むため、モノローグが半分近いが、サスペンス映画の原点を知るには観ておいたほうがよい作品だ。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。