映画 『息子』

監督:山田洋次、脚本:山田洋次、朝間義隆、原作:椎名誠『倉庫作業員』(『ハマボウフウの花や風』収録)、撮影:高羽哲夫、美術:出川三男、編集:石井巌、音楽:松村禎三、イメージソング:中島みゆき『with』、主演:三國連太郎、永瀬正敏、1991年、121分、配給:松竹


浅野哲夫(永瀬正敏)は、岩手県の片田舎から東京に出てきたものの定職には就いておらず、居酒屋で朝までのアルバイトをしていた。明け方に帰ると、父・昭男(三國連太郎)から電話があり、今日は母親の一周忌に当たるが、帰ってくるよな、と念を押される。実家に着くと、兄夫婦、浅野忠司・玲子(田中隆三、原田美枝子)とその二人の娘、姉夫婦や叔父夫婦が来ていた。一周忌が終わり、父と野良仕事に出た哲夫は、東京での不安定な生活を父に戒められる。

哲夫は東京に戻ると、別のアルバイト先に移る。鉄材を運ぶ肉体労働の仕事であった。毎日、タキさん(田中邦衛)の小型トラックに鉄材を積み、それを取引先に運び込む仕事だ。得意先の倉庫には、いつも伝票に判を押してくれるきれいな女性がいた。哲夫はひと目ぼれしたが、いつも口をきいてくれなかった。その川島征子(せいこ、和久井映見)は聾唖だった。・・・・・・


全編が三つの章に分かれ、そのつどタイトルが出る。「その一 母の一周忌」「その二 息子の恋」「その三 父の上京」となっている。その一では、母の一周忌の機会に、たまに会った父とその息子夫婦・娘夫婦たちが、父の今後の暮らしのことを心配する。長男夫婦は、その責任として、自分たちの住む千葉のマンションで一緒に暮らそうと言うが、父は放っておいてくれ、まだ元気だ、ここにずっと住む、と取り合わなかった。その二は、季節は真夏、文字通り、征子に対する哲夫の恋である。こんなきつい仕事であっても、あの征子と毎日会えるのであれば、という動機から、この職場でまじめに働こうと決心する。その三は、真冬となり、熱海で戦友との親睦会があるついでに、東京の長男夫婦のマンションと哲夫のアパートに寄る昭男の話で、哲夫のアパートに来たとき、その間に交際を続けた哲夫と征子が結婚することを知らされる。荷物を持ち、雪深い自宅に戻ってきた昭男は、玄関を入ると、ふと過去のここでの賑わいを思い出す。その回想シーンには、今は亡き妻(音無美紀子)の若かりし姿があった。


タイトルは「息子」となっているが、哲夫と父・昭男の生きざまという日本の軸がある。その二では哲夫主体、その三では昭男主体で描かれるが、ラストでは哲夫が定職に就き、結婚が決まったことで、昭男もひと安心するというこの物語の終点をもっている。

山田洋次、朝間義隆の脚本は、『男はつらいよ』シリーズでお馴染みだが、ストーリーに必ず二本の軸が置かれている。寅次郎の生きざまと寅の実家の生業(なりわい)である。そこに、寅の恋愛が絡み、ストーリーが重層的な広がりを見せる。ストーリーだけでこれだけしっかしりた組み立てになっており、そこに苦労を厭わぬロケハンと撮影、撮影所仕込みのカメラワークが加わる。こうしたストーリー展開の手法は邦画でもあちこちの作品に見られるが、これこそ映画制作の基本手法だと考えられる。本作品での同様で、親子の間柄とはいえ、息子の生活を心配する父親と、父親を労わる子供たち夫婦や哲夫の話が、互いに影響をもって描かれていく。


その両者相互の関係を、必ずしもすべて、台詞に置き換えないところがプロの仕事であり熟練でもある。特に気の利いた台詞があるわけではなく、親子であれば至極自然に出てくる言葉や会話で成り立っている。また、一定のテンポをもって一方向に進んでいく展開もよい。


本作品には、山田作品によく見られるメンバーを含め、いかりや長介、佐藤B作、渡部夏樹、レオナルド熊、ケーシー高峰、松村達雄、奈良岡朋子、山口良一、浅田美代子、谷よしの、らが出演している。こういう顔ぶれを揃えるのは、キャリアの短い監督にはできないが、たくさんいても適材適所に使わないと失敗する。本作品では、出番の長さや回数をよく吟味しての登場となっている。


中でも、田中邦衛に注目しておきたい。小型トラックの運転手役だが、しょっちゅうぶつぶつ文句ばかり言っている憎めない人柄のオヤジだ。彼は追突事故でムチ打ちになり、哲夫が見舞いにいくシーンがある。そこでの二人のやりとりは絶品だ。

永瀬正敏は、よい作品に当たったと思う。タキさんの車で配達中、征子に夢中になっている哲夫は、タキさんのぶつぶつ言う文句にはうわの空だ。あのシーンの表情はよかった。

音楽は松村禎三で、さりげないクラシカルな音楽が、各シーンを上手に演出している。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。