映画 『くれなずめ』

監督・脚本:松居大悟、製作:和田大輔、撮影:高木風太、編集:瀧田隆一、音楽:森優太、主題歌:ウルフルズ「ゾウはネズミ色」、主演: 成田凌、2021年、96分、配給:東京テアトル


吉尾和希(成田凌)は、高校時代の同級生三人とその後輩二人の計六人で、同級生の結婚式の余興に何をするか、その披露宴会場で打ち合わせをする。結果、赤い褌姿で歌って踊ることになる。挙式のあと、二次会が始まるまで時間を潰そうとするが、どこの喫茶店も一杯だ。仕方なしに、屋外で話すうち、それぞれの思い出話が始まる。思い出す時期は、12年前、9年前、6年前、2年前と、思い出す者によって違っていたが、いずれにも吉尾が登場していた。実は、吉尾はすでにこの世の人間ではなくなっており、他の5人は、久しぶりの再会をしたことで、彼のことをそれぞれに思い出していたのだ。・・・・・・


二次会までの3時間を、過去へのフラッシュバックを用い、徐々に吉尾の死やそれへの思いを明らかにしていく手法はよかった。余興での赤フンで踊るシーンは、挙式後のシーンに飛ぶことで肩透かしを食らわせ、ラスト近くにもってきたのも製作意図として納得できる。

吉尾の死については、心臓発作で死亡した、と台詞でさらっと語られるに過ぎない。彼の死亡の状況や直後の五人のようすなどは最低限に抑え、吉尾の死そのものを悼むのがテーマではない、という主張であろう。


突然死んでしまった同級生や先輩に対する思いを、常に、その吉尾を含む六人でのシーンで描くことで、彼らの思いのうちを明らかにしたかったのだろう。それだけに、死そのものがやや浮き上がった印象になったが、本作品はあくまで、「死そのもの」ではなく「吉尾の死」をテーマにしているとみることができる。


中盤に、小さな劇団を主宰する藤田欽一(高良健吾)と、その芝居を観に東京に来た吉尾が、屋台で酒を飲みかわしながらシリアスに論じるシーンがある。こうしたシーンを節目に、それぞれがいま生きている生活のなかで、吉尾がどれだけの思い出を占めているかについて、さらに話が展開していく。

ラスト近く、挙式のあと、引出物の白い袋を下げ、五人が畑のなかの道を通るシーンがある。一人は、吉尾の分の引出物まで持っている。吉尾が最後に登場するシーンだ。ここでなされるそれぞれの会話は、特に欽一の台詞は興味深い。


テーマがテーマだけに大作というわけではないが、吉尾の死というものが常にかたわらにありながら、常に元気に明朗に、吉尾と<同じ時間>を過ごしている五人の姿はほほえましいものがあり、観終わっても不快感の残らない作品となった。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。