監督:行定勲、脚本:堀泉杏、原作:水城せとな『窮鼠はチーズの夢を見る』、『俎上の魚は二度跳ねる』、撮影:今井孝博、編集:今井剛、照明:松本憲人、録音:伊藤裕規、美術:相馬直樹、音楽:半野喜弘、主演:大倉忠義、成田凌、2020年9月、130分、配給:ファントム・フィルム
大伴恭一(大倉忠義)は会社内で偶然、大学時代の後輩、今ヶ瀬渉(成田凌)に会う。見てほしいものがあると言われ、封筒の中身を出したところ、自身の浮気現場の写真とその報告書であった。今ヶ瀬は興信所に勤めており、恭一の妻・知佳子(咲妃みゆ)から内定調査を依頼されていたのだった。ところが、ゲイであり今でも恭一を忘れられないでいる今ヶ瀬は、これらを知佳子に報告しないかわりに、キスだけでもしたいと恭一に迫る。恭一はやむを得ず、それに応じた。その後、恭一は外食中に、突然知佳子のほうから離婚を持ち出される。これは、今ヶ瀬がバラしたからではなく、知佳子自身に男が出来たためであった。浮気調査でもし浮気をしていたら、それを口実に慰謝料を巻き上げ、恭一の不貞を原因として離婚しようと思っていたのだった。
離婚後、ひとりになった恭一は引っ越しした。そこに今ヶ瀬がやってくるうちに、二人は同棲するようになる。・・・・・・
原作は漫画とのことで、結末への脚本は多少変えてあるようだ。行定勲の映画のなかでは、『パレード』(2010年)に似る。男女関係、あるいは、ゲイの関係を、いかにも友人関係のように同一次元に抑え、でこぼこを無くした脚本は、妙にどこかに皺が寄ることもなく、一定の歩くようなテンポで展開し、おそらく描きたかったであろう愛とは何かという問いを、概念や哲学のような緩急交えた論理的主張に捕らわれることなく、毎日を自分に正直に生きる人間たちの物語として追及しようという姿勢で貫いている。
恭一は流されやすい男であり、情にもろいところもあり、それが、すぐ女性に同情し女性を求めていくような浮薄さにつながっている。今ヶ瀬は、そうした恭一の性格を知りつつ、恭一に女ができれば、自分から引き、女が消えれば、また戻ってくる。これは、自身がゲイであることへの後ろめたさからではなく、また、ゲイが女性に勝てないと思っているわけでもなく、恭一が女性に関心をもつのであれば、そのこと自体には打ち勝てない、とする自己認識からである。
そんな今ヶ瀬を、恭一は可愛く思い、一旦は去って行った今ヶ瀬の気持ちに近付こうとゲイバーにまで行くが、そこで初めて、今ヶ瀬のいなくなった寂しさを覚え、涙を流す。そのころ恭一には、結婚相手もできていたが、窮極の選択として、いや、本当に愛する対象として、今ヶ瀬を選ぶ。それを確信した今ヶ瀬は、行為中にもかかわらず大泣きする。
捨てられた灰皿は、また元の位置に置かれ、恭一は今ヶ瀬の帰宅を待ち、エンディングとなる。
カメラは、室内、夜の街、飲食店などでしっかり活躍しているが、ベッドシーンでは、照明をうまく利用し、男同士のセックスも、それなりにきれいに撮っている。主役二人の話す言葉には、愛の周辺を巡るきわどく鋭い言葉が並び、ギクッとするところもある。
主役が男二人で、女好きの男とゲイの恋愛話でもあり、女性の登場は道具扱いだと批判する人は、おそらく女性、それも独身の女性か、あるいは、フェミニスト(そういう人がいるなら)であろう。これは、ゲイ関連の映画では、常に出てくる現象である。ゲイ関連の映画を批評する女性は、賛同派と否定派ほぼ半分に割れることからもわかる。
そして本作品では、女性は道具としての役割を与えられているがしかし、それは有用な道具であった。初めから終わりまで出続ける女性は登場しない。ケースバイケースで異なった立場の女性が入れ代わり立ち代わり現われては消える。女性たちのこういう起用からも、女性は道具としての立場を与えられた映画がということがわかる。
タイトルは、窮鼠猫を嚙む、という言葉をもじったものであろうが、ストーリーとして最後には、窮鼠チーズを齧った、ということになる。
女好きの男がゲイになりうるか、捨てられた女性のほうを描かないのは片手落ちではないか、という論評もあるが、それは批評ではない。一本の映画として、愛の追求を描けたかどうか、ということだ。
踏み込んだ台詞と、特に成田凌の表情の演技力がなければ、本作品のテーマ追求は、不完全なものに終わってしまったであろう。
今ヶ瀬の誕生日に、恭一は高級なワインを買ってくる。今ヶ瀬は、大事にしたいから飲まない、というのに対し恭一は、また来年の誕生日に同じもの買えばいいじゃないか、とサラリと言う。このサラリと言った言葉に、今ヶ瀬は幸せ一杯の表情をする。
喪服に女の化粧品が付いていたのにクリーニングにも出さない恭一に対し、今ヶ瀬が妬いて、恭一をなじり、言い合いになるところでは、途中から今ヶ瀬の目に涙が浮かぶ。
全編を通じ、成田凌の話し方や「ですます調」がすばらしかった。
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