監督:加藤卓哉、脚本:高田亮、加藤卓哉、撮影:池田直矢、照明:舘野秀樹、美術:神田諭、録音:秋元大輔、編集:菊池智美、音楽:Maozon、主演:瀧内公美、神尾楓珠、2021年、101分、配給:アークエンタテインメント
青山のアパレルショップで店長を務める伊藤真知子(瀧内公美)は、恋人もなく、仕事上も満たされない毎日を送っていた。ある日、真知子はツイッターで、MARCHというアカウント名の裏アカウントを作り、胸元の露出した写真を投稿する。次々に同じような投稿をするうちフォロワーも増え、メッセージも多数寄せられる。
そんな中、「ゆーと」というアカウント名の男から、リアルで会いたい、もっと自分を解放して、といったメッセージをもらい、いよいよ会ってみることにする。待ち合わせ場所に現れたゆーと(神尾楓珠)は、自分より年下の飾らない風体の若者だった。ゆーとと真知子はタクシーに乗り、行き着く先は、街はずれにある居酒屋であった。
そこは、真知子がふだん縁のないような大衆酒場であり、大勢の男が飲みかわし、或いは、喧嘩も平気でするような客層であった。ゆーとに心を許した真知子は、あるマンションの空き物件のへやに行く。そこで行きずりのセックスをする。別れ際、またメールするね、という真知子の対し、ゆーとは、一回きりの約束だったよね、とつれなかった。・・・・・・
カメラワークがいいな、と思ったら、監督の加藤卓哉は、撮影監督として著名な木村大作と親交があることを知り、なるほどと思った。降旗康男の助監督も務めたことがあるとのことで、映画製作の基本はもっているようだ。脚本の高田亮は、『そこのみにて光輝く』(2014年)、『武曲 MUKOKU』(2017年)で知られる。
本作品のテーマは、現代のSNSの世界をきっかけとしているが、人間の孤独感にも触れる上質な作品となっている。
ストーリー展開も、真知子の満たされない日々から、裏アカを作ってSNS内で人気者になるまでのプロセスを、映像表現でうまくつなげて見せてくれる。細かい台詞を排したのは正解だった。一緒に行なう仕事のメンバーとして、ゆーとと「表の世界」で再会することになり、また同じ空きべやで関係をもつが、その際にゆーとの主張する考えは、真知子にとっても観る側にとっても、かなり超絶的である。日々の空しい生活ゆえ自らSNSに乳房をさらした真知子のほうが、却って<ふつう>のなりゆきを踏んでいるように錯覚する。このとき、真知子のそれまでの経緯は、ゆーとのそれときわどいバランスを保ち、真知子のしていることが、表の日常においては正当化されてしまうのだ。
最終的に、ゆーとはそのマンションに結婚相手と住むことになり、新作発表会で、自分がSNSでしていることをバラされた真知子は、おそらく会社を辞め、化粧もせず、次の<未来>へと向かう。真知子はゆーとに惹かれはしたものの、SNSを通じ出会った男との恋は、結局、ほんの寄り道程度のアバンチュールに終わり、真知子は街中をどこまでも走り続けてエンディングとなる。何とも寂しい結末であるが、所詮そういうものだ、と言わんばかりだ。
このラスト近く、真知子とゆーとが交互に映されるシークエンスがある。真知子は散歩しつつ、ふと高いほうを見る。一方、ゆーとと新妻は、マンションを出たところで、引っ越し屋に代金を払っている。ゆーとが何気なく左方向を凝視する。あたかもそこに真知子がいるようだ。しかし真知子は、高いところに咲いている花を見つめていただけである。この視線の錯覚はなかなか奥ゆかしい撮り方だ。真知子とゆーとは、まだ互いに相手を気にしているような演出をしながら、実はとっくに縁が切れていた、ということだ。
カメラは、真知子の店のなかや、新作発表会のシーンなど、室内シーンでは飽きの来ない動きをしている。外に出れば、これもさまざまなくふうが見られる。冒頭のCGや、SNSでのメッセージの表現などおもしろい。真知子がアパレル業界のキャリアウーマンであったときの髪型から、終盤、ゆーとに会えなくなってからの髪型やノーメイクへの変化は、ゆーとが初め、その辺にいる飾らないぶっきらぼうな青年からビジネスマンとして真知子と再会したときのスーツ姿への変身と、呼応しつつ反比例していて、演出として興味深い。
一回限りの出会いで、もうゆーとと会えないと思った真知子は、「裏の世界」であるSNSのアカウントを削除する。がその後、同じ人物と「表の世界」で再会する。その再会こそ、真知子にとっては悲劇の始まりであった。再会は、ゆーとにとっては単なる偶然であり、また真知子と交わっても、それは自ら批判する敷かれたレールの上を歩んでいく前の単なる寄り道に過ぎなかった。真知子にとっては、ゆーとに相手にされなくなったことや、新作発表会でSNS内での出来事をすっぱ抜かれたこと以上に、そんなゆーとと関係をもったことが悲劇だったのである。裏アカから生まれたものは、プライベートに関するかぎり、決して生産的とは言えない「裏の裏の世界」だった。
全編にわたり、一定の<色調>で統一され、カメラと編集がうまく行った作品だ。テーマ自体はさほど高尚なものではないが、「求められたかった」という真知子の台詞をはじめ、真知子やゆーとの台詞にはっとするものも多い。念入りに丁寧に作られた映画として評価したいと思う。ただ、タイトルで損しているのは否めない。
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