映画 『顔』

監督:阪本順治、脚本:阪本順治、宇野イサム、原案:宇野イサム、撮影:笠松則通、編集:深野俊英、美術:原田満生、照明:石田健司、録音:橋本文雄、音楽:coba、主演:藤山直美、2000年、123分、配給:東京テアトル、セディック・インターナショナル


偽名を使ったり美容整形を繰り返すなどして逃亡を続けた、強盗殺人犯、福田和子をモデルにしているが、当該事件を倣うようなストーリーではない。


1995年1月14日、阪神淡路大震災の三日前の日の午後、尼崎市がスタートの舞台。

吉村正子(藤山直美)は、35歳になっているが、顔もよくなく、肥満体で、引きこもりの生活を続けていた。父はよそへ逃げており、母親(渡辺美佐子)が、従業員一人と、クリーニング店を経営している。正子は、その二階の自分のへやで、ミシンを使い、縫物をしている。そこへ、ホステスをしている由香里(牧瀬里穂)が、東京への旅行から帰ってきて、恋人と店に立ち寄る。由香里が二階に行き、正子にみやげを渡すかわりに、客の服の繕いを頼むが、正子は断る。由香里は正子に、さんざんイヤミを言う。

母が過労で急死してしまい、通夜も終えた夜、正子は由香里を殺し、由香里のハンドバッグに香典類を詰め、仕上がった客の服を着、こっそり家を出た。

こうして、正子の外界への生活が始まる。・・・・・・


父親を尋ねて行った先で、男(中村勘九郎)にトラックの荷台で犯され、処女を失う。正子は、香典二包みを、礼として男に渡す。父を尋ねるのは諦める。

ラブホテルの掃除係に落ち着いたが、そこの経営者(岸部一徳)が自殺し、そこからも逃げる。

別府に流れ着いた正子は、バー「律子」のママ、中上律子(大楠道代)と知り合い、そこでホステスとして落ち着く。律子には、ヤクザな弟・洋行(豊川悦司)がいて煙たがられたが、常連客の健太(國村準)に気に入られ、からだの関係をもつ。

洋行がヤクザに殺されたことで、店に警官が来ていることを知った正子は、連絡船で、姫島に逃げる。ある老婆の家に世話になっていたが、ちょうど、盆踊りの季節であり、キツネ踊りに出る少年に、正子が、テレビに映った女性の顔と似ていると言われる。その店のテレビでは、指名手配されている正子の写真を映していた。それは「律子」に勤めていた当時のものであった。

地元の警官が港まで探しにくると、正子は浮き輪を付けて、沖へと泳いでいた。


35歳まで引きこもりを続けてきた冴えない中年女が、母の突然死と妹を殺害したことをきっかけに、初めて外界へと旅し、そこでいろいろな人や出来事に遭遇し、人との触れ合いによるぬくもりや親切を知る姿を描き出していくドラマだ。冒頭から、ある男、池田(佐藤浩市)と何度かすれ違っており、別府で偶然池田に再会した正子は、池田の連れていた男児といっしょに「律子」に連れてくる。約束して遊園地で父子に会った正子は、そこで別れを告げる。この外界への旅で、正子なりに好意をもったのが、この風采の上がらない池田という男だった。


正子は、身をもって、外界で人と出会う楽しさや意外な出来事に遭遇する。そうした最中も、正子は使命手配されているのを自らわかっている。かろうじて自転車に乗れるようになり、自転車で転んで顔が傷で膨らんだときを境に、正子は正子なりに自立するようになっていく。数々のエピソードをふんだんに登場させ、正子の行く末は、実にスリリングな展開をしていく。


喜劇俳優とされる舞台女優、藤山直美の体当たりの演技と、抑えた場面での演技はみごとだ。他に、渡辺美佐子、岸部一徳、大楠道代の演技が光る。


逃亡を続ける殺人犯という点で同情の余地はないものの、どこか滑稽でずっこけた風味があり、いわば、嫌いにはなれない作品である。

しばしば出てくる、おどけたようなメインテーマにも注目しておきたい。

終盤に出てくる、姫島のキツネ踊りの少年たちがかわいい。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。