監督:内田吐夢、原作:水上勉、脚本:鈴木尚之、撮影:仲沢半次郎、編集:長沢嘉樹、音楽:冨田勲、主演:三國連太郎、左幸子、伴淳三郎、高倉健、1965年、183分、モノクロ、東映。
戦後まだ間もない昭和22年9月、北海道・岩内で質屋強盗をはたらいた三人組は、鉄道で函館まで出て、青函連絡船で本州に逃げる予定だった。函館近くまで来ると、港は大混乱していた。台風の来襲により、連絡船・層雲丸が転覆し、投げ出された多数の遺体を収容している最中だったのだ。
三人は逆にこの混乱を利用し、どさくさ紛れに、暴風雨のなか小さな舟を漕ぎだし、下北半島へと向かう。
一人残った犬飼多吉(三國連太郎)は、大湊の女郎屋に厄介になり、そこで杉戸八重(左幸子)と出遭う。
一方、函館警察署の刑事・弓坂(伴淳三郎)は、乗員名簿より遺体が二体多いことに疑惑を向ける。・・・・・・
八重が東京に出て、女郎屋に身を落ち着かせるまでが前半、10年後、八重が舞鶴に犬飼を突然訪ねるところからが後半で、映画の時間もほぼ二分される。
自分の一生の恩に、ただただお礼だけを言うために、健気に娼妓の仕事をこなしてきた女、過去を忘れ、新たな人間として生き、自分の故郷の貧しい村や刑余者のために、金銭を惜しみもなく寄付する男、…女は一度でいいから男に会って礼を言いたかった、男は過去に絡む女にはどうしても会いたくなかった、…やがて男はまた、殺人を犯してしまう。
いわゆる逃亡ものであるが、人間心理や人間の業にまで入り込んだ小説を、うまく映像化している。恐山の巫女の祈祷など、いくつかのシーンで、ネガにして映すなど、心理描写を演出するのにくふうしている。
ふだんお笑い調の似合う俳優をシリアスに、あるいはシリアスな雰囲気で知られる俳優をお笑いの役に使うというのは、キャスティングとして効果的で、よく使われる手だ。
喜劇役の多い伴淳三郎を、執念の刑事役とし、風見章子をあまりものを言わない犬飼の妻にするなど、効果的である。後半、舞鶴の事件捜査では、まだ若い高倉健が刑事役として出てくる。
それぞれの現地での撮影を中心に、大掛かりなロケも敢行し、ロケ現場もカメラが広くパンし、薄幸な人間たちに対峙する環境や自然も、うまく取り入れている。
特に、東京で働く八重の店の近所で、かなり横に動くシーンがあるが、セットもよく作られている、当時の東京は、こんな風だったのだろう。
3時間の尺をもつ映画でありながらぐいぐい引っ張られるのは、付随的なシーンまで、細やかにフィルムに収めており、作りも丁寧だからだ。
東映は一時、長すぎるとして、監督に無断で、短いヴァージョンを作ったが、監督の抗議により、元のままの長さに戻されたという逸話がある。
しかし、この映画全編を観て、くどいほどに観ている者にうったえかけてくるものは、背景に広がる戦後の日本と、そこで何とかしてたくましく生きて行こうとする、社会の底辺にうごめく人間たちの生きざまである。
八重は犬飼の置いていった金で、あこがれの東京に出てくるが、働く場所は、まだアメリカ人やヤクザが闊歩するドヤ街の一杯飲み屋であった。
そこを出て、ある女郎屋に世話になるが、初めて訪れたその店で、そこに置いてもらうことになったとき、うれし泣きをする。どんなにあこがれて来た東京でも、結局は大湊でしていたことと同じようなことをしなければならないのに、ここに置いてもらうことができてうれしいんです、と言って泣きじゃくるのである。
このシーンは涙を誘う。
八重は、大湊の女郎屋で犬飼と時を過ごすなかで、犬飼の伸びた爪を切ってあげる。行方をくらました犬飼の思い出は、へやで偶然踏んだその親指の爪しかなかった。現金と同じように、その爪を懐紙にくるんで後生大事に持ち続けたのである。
女郎屋の自分のへやで、その金と爪を取り出し、犬飼さんと呼びながら、爪を自分の頬や首に当てて動き回る。この映画唯一の官能のシーンである。
犬飼も貧しい男だった。それでもとにかく生きて行かねばならなかった。後半は嘘つきで傲慢な紳士のように映るが、貧困のルーツは八重と同じである。その八重さえも殺してしまう犬飼は、本当の意味での畜生になってしまった。
犬飼と八重の出会いは、森林軌道の後ろにつながれた客車でであった。そこで八重は、昼飯のおにぎりを頬張るが、その一つを犬飼にやるのである。八重がなぜそういう親切をしたかといえば、その直前、犬飼が、近くにいる婆さんに、タバコをひと箱恵んでやったのを見ていたからである。その婆さんは初め、床に落ちている吸い殻に火をつけようとしていたからだ。タバコも貴重な品であった。
これがまさに、運命の出会いであった。
映画として渾身のできばえである。単に長い作品なのではなく、映画としての楽しさを見せながら、人間の心理の奥底、人間のけなげさ、善悪といったものにまで踏み込んで描き出した重厚な作品となっている。
そして、実に悲しい話でもある。
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