監督:アルフレッド・ヒッチコック、原作:ロバート・ブロック、脚本:ジョセフ・ステファノ、撮影:ジョン・L・ラッセル、編集:ジョージ・トマシーニ、音楽:バーナード・ハーマン、主演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、1960年、109分、モノクロ、原題:Psycho
何回か見てきて今また観ると、やや切れ味に欠けるようなところもある。その後この映画の影響を受けた作品が、この映画を乗り越えていったからだ。中でも撮影のしかたにおいて、その後のさまざまな映画制作に影響を与えた作品だ。
ヒッチコックはこれまでに、サスペンスはだいぶ作っているのだが、女性がひとりシャワーを浴びているという完全に無防備な状況で、一方的に殺されるのと、人間の異常心理を絡ませたストーリーの映画化は初めてで、少なくとも当時の映画界ではセンセーショナルな作品となった。
主役が途中で入れ替わったり、引け目をもつ女性がひとりでいるところを刃物で襲われる、などは、ブライアン・デ・パルマの『殺しのドレス』にそっくり受け継がれている。
モテルの奥のへやで男女が話すとき、青年を下から映すと、背景の天井には鳥の剥製がぶらさがっているなどフレーム内も無気味だが、シャワーの水を下からとらえたり、穴を覗く目や死んだ女の目をアップにして撮るなど、当時は予想を超える演出だった。
探偵が階段を登り、切られて転落していくシーンは、見たとおりの合成であるが、こうした撮影方法を大胆に採り入れたのもこの映画の特徴だ。
わざわざビルの外から室内にカメラが入るファーストシーン、警官が車を覗きこむときは横からだが、次に室内からとらえると正面の顔でサングラスをかけているのがはっきりわかり圧迫が増す。
後半は、死亡した母親が心に同時に宿る青年が主役に変わるが、当初からの挙動不審やどもった話し方や異常な目つきなど、サイコというタイトルにふさわしい展開となり、ラストをむかえる。
丘にたたずむ薄気味悪い家や、主役の交替となる浴室での殺人シーンなど、カメラのアングル、カット、編集によるサスペンスの盛り上げ方など、こうした試行錯誤がその後のサスペンス映画に与えた影響は計り知れない。
すでに、カラーで撮影できる時代に、あえて白黒にこだわった理由も理解できる。
サスペンスは元来、人間の心理にうったえるものでなければならず、それを映像化するには、脚本がしっかり書きこまれていなければならない。
現代でもサスペンス映画は次々に作られているが、より巧妙でおもしろい内容に仕上がっているのは、基本にヒッチコックのベースがあるからだろう。
今から観ると物足りなくみえるのはしかたない。しかし、大金を持ち逃げしているだけでもハラハラ感があり、シャワーでの殺人だけでなく、全編に漂う不安や焦燥感を、カメラのアングルやアップなどで表現したことで先駆的な映画となった。
こうしたカメラの努力は、『めまい』(1958年)から受け継がれているとも言える。
バーナード・ハーマンの音楽も、ミステリアスであったり、冒頭のように不安を煽るような曲調であったりして、映画の各シーンによくマッチしている。
この映画以来、サスペンス映画の必要条件は、美女とヒマな男と刃物となった。拳銃はサスペンスにはあまりなじまない。
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