監督・脚本:M・ナイト・シャマラン、原作:ピエール・オスカル・レヴィー、フレデリック・ペータース『Sandcastle』、撮影:マイク・ジオラキス、編集:ブレット・M・リード、音楽:トレヴァー・ガレキス、主演:ガエル・ガルシア・ベルナル、2021年、108分、配給:ユニバーサル・ピクチャーズ、原題:Old
ガイ・キャパ(ガエル・ガルシア・ベルナル)とプリスカ・キャパ(ヴィッキー・クリープス)夫婦は、娘マドックス(11歳)と息子トレント(6歳)と、南国のリゾート地を訪れる。夫婦は離婚予定であったため、家族最後の三日間をここで過ごすことにしたのである。ホテルに着くと、夫婦にはウエルカムドリンクがもてなされ、子供たちははしゃぎ回っていた。
翌日、一家は、近場に風光明媚な海岸があるとマネージャーに勧められ、ホテル側に密かに選ばれた人たちだけが行けるというプライベートビーチへと案内される。ガイ夫婦は、自分たちだけが招待されたのかと思ったが、当日マイクロバスには、他の夫妻らも乗ってきた。客を降ろすと、運転手(M・ナイト・シャマラン)は去って行った。一行が険しい岩場の間を先へと進むと、そこには雄大な砂浜が広がっていた。・・・・・・
着想はいいが、映画としては駄作の部類に入るだろう。実はその海岸は、新薬を開発する製薬会社の実験場であり、実験台としてふさわしい病気をもっている人たちが、当人たちにもわからぬようにして、「選ばれた人々」として招待されていたのである。このからくりが明かされるのは、ラスト17分ころである。ずっと隠しに隠し、最後にどんでん返しでも狙ったつもりであろうが、それもまたストーリー展開を興ざめなものにもしてしまった。
海岸では、泳いでいた者、洞窟の中に逃げようとした者などが、ひとり、またひとりとあっさり死んでいく。そのあたりで、早口の台詞に病名などを混ぜ込ませず、実験する側の意図などと絡めて演出できなかったのだろうか。子供が急に数歳年をとるところも、理由がわからないのだから、親たちにそれなりの反応があってもいいのだが、道端に猫の死骸を見つけた程度のアクションでは、こちらに何も伝わってこない。言い争いになるシーン、刃物を振り回すシーンなどにも、そうする理由が観る側に伝わってないので、まるで通り魔が癇癪を起こした程度にしか受け止められない。
浜辺のシーンでは、たしかに美しい風景や打ち寄せる波などが織り込まれるが、肝心のストーリーは、シーンごとにぶつ切りになったものを並列つなぎさせているだけなので、単調となり、次の展開はどうなる、といった牽引力が全くなく、美しい風景を合間に挟む意味合いもほとんどない。
カメラワークに関していえば、むやみに顔のアップが多過ぎるので、目が疲れるのだ。実際に目が疲れるのではなく、アップにするだけの意味と効果がないところでも、くどくしつこくアップを連続させるので鼻につくのだ。浜辺の俯瞰などを挿入する一方で、接写とも言えるような顔のアップを連続してもいいというのなら、それば両者の対比やバランスを単純にとらえ過ぎである。親も老けていくから皺をよく見せたい?アップにしなくてもそれはわかる。
ストーリーを、映像や台詞に落とし込むことができないまま、ただリゾート地の美しい景色を挿入させただけに終わってしまった。メリハリもエンタメ性もないまま終わってしまった。
こういう映画は、感じるのが大切らしいが、感じるものさえないのだから、私が不感症というならそれでけっこうだ。
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