映画 『夕やけ雲』

監督:木下惠介、脚本:楠田芳子、撮影:楠田浩之、音楽:木下忠司、主演:田中晋二、望月優子、1956年4月、78分、配給:松竹


東京の下町で魚屋を営む家の長男・秋本洋一(田中晋二)の物語である。

いま二十歳の洋一は、母(望月優子)とともに、亡き父の跡を継ぎ、大忙しの毎日であるが、映画はすぐ四年前の過去に遡り、父(東野英治郎)が元気であったころの家族の状況となり、ラスト直前で現在に戻る。


洋一には姉・豊子(久我美子)のほか妹・和枝(菊沖典子)がいる。店はそれほど繁盛しておらず、和枝の下にもうひとり乳飲み子がおり、一家六人は貧乏暇なしの生活を強いられている。豊子は現金な性格で、そんな貧乏を縁を切りたいと思い、裕福な須藤(田村高廣)と結婚するつもりであったが、須藤の家の商売が傾くと知るや、自分の親くらいのカネのある男の後妻に収まる。父や母、姉との争いごとのなか、高校生だった洋一の楽しみは、二階から双眼鏡で、遠くに見える病弱な女性の素顔を見ることであった。・・・・・・


豊子は、結婚後も須藤と付き合っており、そうした不埒な行動を洋一は許せなかった。そんななか、友人の原田誠二(大野良平)に誘われて、遠くに見える女性の住まいの近くまで行ってみる。ちょうどその女性は、病弱でありながら、どこかへ嫁入りするのであった。父が急死すると、妹の和枝は、大阪の叔父のところへ幼女に出されてしまう。自分ひとりが勝手なことをすることも憚(はばか)られ、父が生前言っていたように、魚屋を継ぐことを決意する。それを伝えに誠二の家に行ったところ、誠二の母(山田五十鈴)が言うには、誠二一家は、父(中村伸郎)の転勤で北海道に引っ越すことになったとのことだった。


冒頭のシーン同様、洋一は遠くの景色を見る。そこに洋一の独白がかぶさる。「素敵な女性も、妹も、友人も、僕の未来も、遠くに行ってしまった」

今でこそ繁盛しているが、4年前から今日までいろいろな出来事があり、高校生であった洋一は退学し、修行を積んで刺身を作ったりする腕を磨き、現在に至っているのである。

父の言いつけで、いやいや刺身の出前を手伝っていたような洋一が、いろいろな迷いがあった末、父の道を継いでいくという物語だ。


当時の魚屋の店先、日常の風景が盛り込まれ、一人の高校生が店を継ぐまでの生きざまを描いている。庶民の生活は、こんなものだったろうと推察されるが、実際にこんなものであったろう。親子であれば言いたい放題になるが、親が子を、子が親を、兄が妹を思う気持ちは強く、常に変わらない。


太平洋に出て船乗りになりたい、とぼんやり考えていた洋一は、その夢を断念せざるを得なくなるが、覚悟を決めて、母のためにも魚屋を切り盛りしていくと決め、実際そのようにしている姿は、頼もしく、また、ほほえましい限りだ。


ムダにセンチメンタルに陥らず、家族の気持ちの行き交いを、清潔感あるカメラで撮った作品だ。



日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。