映画 『プリズン・エクスペリメント』

監督:カイル・パトリック・アルバレス、脚本:ティム・タルボット、原作 :フィリップ・ジンバルドー「ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき」、撮影:ジャス・シェルトン、編集:フェルナンド・コリンズ、音楽:アンドリュー・ヒューイット、主演:ビリー・クラダップ、2015年、122分、原題:The Stanford Prison Experiment、配給:AMGエンタテインメント


1971年にスタンフォード大学で実際に行われた「スタンフォード監獄実験」と言われる心理学の実験を映像化した作品。

同じくこの実験をモチーフにした映画として、『es[エス]』(2001年、119分、ドイツ映画)、『エクスペリメント』 (2010年、97分、アメリカ映画、『es[エス]』のリメイク)がある。高校の授業で独裁主義の実験をおこない、ラストで悲劇を招く『THE WAVE ウェイヴ』(2008年、108分、ドイツ映画)にも通じる。


フィリップ・ジンバルドー教授(ビリー・クラダップ)が、とある心理学の実験のため、夏休みを利用し、学生対象に参加者を募る。実験の期間は1~2週間で日給15ドルが支給される。その実験とは、刑務所における生活がその囚人にいかなる影響を与えるかを調べるものであった。面接に通った十数人の学生は、囚人と看守に分けられ、囚人役の学生には囚人用の服を着させ、看守役の学生には看守の服装をさせ、サングラスをかけさせ、警棒を持たせた。場所は教授の研究室のある建物で、その廊下やへやを刑務所に改造した。実験の初めに、教授は学生らに、その実験の趣旨と実験中の約束ごとを話し、どういうふうにするかについての細かい指示は故意に出さなかった。廊下の突き当りにカメラを設置し、教授の研究室にそこでのようすがそのままモニターされていた。教授には数人の助手が付き、睡眠を交替し、成り行きを見守っている。

やがて実験が始まるが、初日からすでに、看守役の学生は囚人に対し横暴な言動をとるようになり、囚人役のひとりは真っ暗な狭い独房に入れられる。・・・・・・


実験をほぼ忠実に再現した映画であり、シーンも1日目から5日目に分けられ進行していく。看守はますます横暴で自己中心的となり、理不尽な命令を囚人に出す。囚人は与えられた番号で呼ばれ、当初全員が看守に対し従順であったが、やがて同じ日給にもかかわらず役回りの大きな差異に気が付き、看守に逆らい体罰を受ける者も出てくる。教授は、多少のことがあっても、元々筋書きのない実験を実施しているのだからと、実験を中止しようとはしない。カメラに映し出されるようすを見ながら、教授や助手の間にも意見の違いが生じることがあったが、実験の趣旨に納得し、最終的に実験はなお遂行されていく。本物の看守と囚人となっている設定であるので、その保護者たちが面会に来る機会も用意されている。


大学構内に極めてリアルな刑務所を出現させ、その日々の変容をとらえていく映画であり、ストーリー展開のおもしろさなどに期待しても裏切られる。こうした映画は、初めからそういうものだとして観ていくしかない。

映画としては、多少の場所の種類はあるものの、ワンステージものであり、そうなると、会話の内容やアクション、カメラワークがモノを言うことになる。カメラは確かにいろいろなアプローチをする。アップ、バストショット、床からの仰角、天井からの撮影などヴァリエーションに富んでいる。研究室内も同様だ。教授には、元学生で今では自分の助手となっている若い妻がいて、後半からは実験に立ち会い、また、その様子を見て、教授に、人間のすることではない、などと文句も言う。


ストーリー展開を見込めずとも、何がしかの時間の経過による変化というものはあるべきで、実際、ひとりの囚人が脱走し、代わりに別の囚人役の学生が入ってきたり、看守の囚人に対する暴言や理不尽な命令はエスカレートしていくのだが、そうした言わば平面上の変化はあっても、特定の学生数人の過去や性格に絡めていく展開はないので、立体性はない。

実験は結果的に6日で打ち切られる。ラストでは、素顔に戻った学生数人のインタヴューの模様も紹介され、実験を批判するような発言はほとんどなく、映画の内容としての起承転結は見られない。


役回りによって人格が変わり、精神に異常を来すような展開は予想できてしまうので、看守の暴言などが激しくなっていく展開のみならず、上に書いたように、2~3人の学生の過去や性格に言及していくなどタテの展開が交わると厚みのある映画となり得たであろう。

ジンバルドーに対し、この実験の真の意味を単刀直入に尋ねた老教授がいた。例えば、そのあたりのやりとりを挿入するだけでも、立体的展開ができたのではないか。

元々、実験を再現する映画なのだが、それでもエンタメ性という観点からすると、『THE WAVE ウェイヴ』に明らかに劣っている作品となった。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。