映画 『上海ジェスチャー』

監督・脚本:ジョセフ・フォン・スタンバーグ、原作:ジョン・コルトン、撮影:ポール・アイヴァノ、音楽:リチャード・ヘイグマン、主演:ジーン・ティアニー、ウォルター・ヒューストン、ヴィクター・マチュア、オナ・マンソン、フィリス・ブルックス、1941年、94分、アメリカ映画、原題:The Shanghai Gesture


当時、本邦未公開の映画であった。

ジョセフ・フォン・スタンバーグが、一連のマレーネ・ディートリヒとの二人三脚の作品を「すべて撮り終えた」あと、だいぶ経ってから製作された作品。作家同様、成し遂げるべきものをすべて成し遂げてしまったら、あとは静かに引き下がるか自ら強引に消え去るしかないのだろうが、スタンバーグは『上海特急』(Shanghai Express、1932年)での経験を活かし、上海を舞台とする作品を作り上げた。舞台は同じでも、作り、運びは大きく異なっている。


原作は戯曲であり、台詞の言い回しと会話が重要視された展開で、言葉そのものに力強さを込められていた時代の映画には違いない。ただ、その台詞や会話のやりとりを十二分に映像化しえた点で、やはりこれは映画そのものなのである。

スタンバーグと言えば<光の魔術師>と言われるが、それはむしろディートリヒの映画を撮るときによく見られた特徴で、本作品では陰影を強調するような撮り方はせず、むしろそうした撮り方の地平を超え、単に無邪気に撮られている感を強くする。一方、カメラの引きや近寄り(=アップ)の大胆さや、切り返しのほうが、灰汁が強いほどに特徴的である。


群像劇かのように種々の国籍のアクの強い人物数人が、紹介されがてら次々と登場し、賭博と犯罪、猥雑さのはびこる上海という当時の巨大な都市の水面下で、まことに意気揚々と過ごしている姿が畳み掛けられるように映し出されていく。こうした前半の動きは後半に向けての土台作りともなっており、途中から登場する第二の主役である賭博場の経営者である女主人(オナ・マンソン)主催の旧正月を祝うパーティ会場での秘密暴露合戦ともいうべき圧巻シークエンスへと突き進むのだ。この展開のしかた、テンポはみごとだ。


賭博場のスケール感は実に豪華で、横のみでなく縦にも広がり、この巨大なセットは圧倒的で、上海に渦巻く欲望と安逸の象徴ともなっている。また、この女主人の濃厚なメイクや髪型をはじめ、ジーン・ティアニーやフィリス・ブルックスのメイク、髪型、衣装、しぐさの変化などもよく計算されている。


終盤を迎え、いったいどういうラストになるかと思っていたが、ひと幕終わっただけで不穏なな続きを連想・期待させつつ、幕間がそのまま終了となるような終え方であり、これもよかった。


登場人物の役割、登場シーンの頻度、人物相互間の優劣、クセのある台詞の応酬、モンタージュの効果などなど、種々の映画の本質的要素が幾重にも拡がり、それぞれの効果をもって、映画という至高の時間芸術へと結実している。


日常性の地平

映画レビューを中心に、 身近な事柄から哲学的なテーマにいたるまで、 日常の視点で書いています。